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 テヅカオタクの楽描きと語りとメモ
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【-】  2016/12/02(Fri)

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オサコレ関係のお知らせ
テヅカごと  2014/10/08(Wed)23:56

みんな待ってたオサコレがいよいよ今週末ですよ、わーい。




残念ながらサークル参加はかないませんでしたが、イベント企画のペーパーアンソロジーにこそっと参加させていただきました。



お題が「はじめてかいてみた」ということなので、今まで描いてみたかったけど描いてなかったあの作品です。全員みっちりB5におさめるのを目標にしてみた。
4コマの軽ーい中身なので、会場でもし目に入りましたら、お祭り気分のついでにでも手にとっていただければ幸い。

久しぶりにオフ用のものを描けて楽しかったー。
実は印刷してる間に表紙のスペル間違いに気がついて「あ…」と思いつつ、もう後の祭りだったんですが、それもまた一興ということで笑ってやっていただければ幸いです…。


あと、当日、2011年に開催されたオンリー「オサムシーズ」記念グッズのトランプも販売されるようです。こちらも当時イラスト2枚で参加させていただいてます。
このトランプ、本当に参加者の皆さんが膨大な手塚ワールドの中から自分の推しキャラをいい意味で好き勝手に描かれてる結果、すばらしく濃い内容になってますので、まだ観ていない方にはぜひ観ていただきたい。
とりあえず、作品とキャラ一覧を見るだけでも、びっくりしてひっくり返って大変なことになってしーまーうーな悟空の大冒険だから!


当日は会場に集う虫っ子たちにとって素敵なお祭りとなりますようにー。
日本SF展・SFの国@世田谷文学館
テヅカごと  2014/09/19(Fri)23:39

世田谷文学館企画展「日本SF展・SFの国」




戦前の海野十三から始まり、戦後の小松左京、手塚治虫に星新一、円谷英二や大伴昌司などなど、「SF」という旗印のもとに集い、才能をほとばしらせていった天才たちの仕事を、小説、マンガ、特撮、雑誌編集とジャンルを問わず縦横無尽に紹介し、そこから生まれていった一つの文化としての軌跡を多角的に追うというこの展示。

いやー、行ってよかった!
一昨年の「地上最大の手塚治虫」展もそうでしたが、一つ一つの展示物が独特のコンセプトに基づいた動線に沿って置かれているので、それほど広いわけではないスペースをめぐる一歩一歩が、何とも言えないわくわく感にあふれた旅になる密度と満足度でした。


展示では、ビジュアル面でのSF文化はもちろんなんですが、小説、特に生原稿の数も目立っていまして、そうそうたる顔ぶれの原稿をあれだけ一気に見られるというのは、興奮を誘うと同時に、ああ、この人はこんな字を書いていたのねと、納得と意外性を同時に味わう楽しさもあり。

ホシヅルに通じるのほほんとした可愛らしさがある清書原稿と、気がおかしくなるほど小さくて米粒のような下書き原稿とのギャップがおかしい星新一の文字。
構想のための計算メモ、横にさらりと添えた覚え書きや挿入などの手直しでも、字の列にスーッと線を引けそうなくらい、まっすぐ几帳面なのが意外な小松左京の文字。
ペンが走る音が聞こえてきそうな、うっとりするほど恰幅の良い筒井康隆の文字。

そして、何より。
畳の上にその紙をまっすぐ並べ、正座して一文字一文字を眺めたい海野十三の文字。
初めて見ることのできた生の文字、これだけでも、本当に行ったかいがありました。

今回知ったんですが、世田谷は海野十三ゆかりの地でもあったんですね。
というわけで、展示物の中には世田谷文学館蔵のものが複数ありましたし、今回の企画展パンフレットも、このとおり表紙、裏表紙に東光出版全集の絵が使われているという力の入った海野十三押しでした。何て素敵。



日本SFの父、海野十三の名を知ったのは、もちろん手塚マンガ経由から。
どれだけ面白いのかと憧れ続けた末に、高校の図書館でようやく手に取ることのできた『新青年』掲載作収録の傑作選、そしてその後、青空文庫の恩恵を受けて読み進めていったのですが、読めば読むほど、筋が通っていながら自由自在、熱いようでいてどこか突き放してもいる、モダンでありながら奇妙でグロテスクでもあるこの空想科学世界が、どれだけ手塚マンガ世界の土台を形作っていたのか……と感じずにはいられません。

戦後、亡くなる前の海野十三が、若き手塚治虫を自分の後継者と目し、会いたがっていたという話は、今までに手塚研究本などでも読んだことがありましたが、こうして「SF」を俯瞰する展示の中で改めて解説文として読むと、余計ぐっとくるものがありました。
しかも、その解説が添えられていたのが、病床で横溝正史に宛てたという本当に情感の込もった字で書かれた手紙で、感謝とともに、体は大丈夫です、元気です、ご心配なくとしきりに繰り返しているこの手紙を送ったその夜に、大喀血して亡くなったという一文で、解説が締めくくられていては、もう。

実現することのなかった二人の邂逅。
もしあったとすれば二人は何を語ったのか、戦前SFを形作った一人である天才は、やがて戦後SFを形作る一人になっていく天才に何を見、受け渡し、託すはずだったのか、そこから何が生まれていたかもしれないのか、考えれば考えるほど、あってほしかったと思えてならない歴史のIfの1つなのです。
ああ、残念、無念。


そんなわけで、テヅカ脳の私としては、今回の企画展でもやはり手塚先生関連中心につい見てしまうのでして。
特に戦後SFを形作った「第一世代」5人(星・小松・手燹ε井・真鍋)の1人としてピックアップされていたメインの展示はもちろんなんですが、その他の細かいところでも、あちこちに手塚先生の足あとを見つけては、嬉しくなってしまったり。

個人的に気になったのが、日本SF作家クラブの会報。
ひどい言い様なのにそのひどさすら洒落ている小松左京の会長就任あいさつや、星新一のつぶやきのようなコラムなど、ちょっと楽屋的というか身内感にあふれていて楽しいこの会報を見ていくと、何かというと会員内で「励ます会」が開かれており、そして手塚先生も1980年『火の鳥2772』の完成に伴い開いてもらっているんですね。

「励ます会」と聞くと思い出すのが、『七色いんこ/シラノ・ド・ベルジュラック』。
作中で、その才能と情熱のために人の演技をズケズケと毒舌で叩いてしまう元名優・湖月が出てスピーチをしている会のタイトルが、まさに「BJをはげます会」(最後の文字は切れてるけど恐らく「会」と思われ)なのです。
この回の雑誌掲載は1981年7月なので、手塚先生の中で前年に開いてもらった励ます会のことが印象に残っていて、お遊び的に(まだ同時にこの回掲載の少し前まで放送されていた加山雄三版実写BJのことも念頭に置きつつ)このタイトルを入れたのかしらと考えると、ちょっと面白い。

あと、もう一つ、おおっと思ったのが、武部本一郎画伯の原画。
SFという文脈で言えば、あのバロウズ『火星のプリンセス』の色っぽい表紙を描かれた方というのが正しい認識なんでしょうけれど、テヅカ脳の私としては、一時期、もしかして手塚先生の別PNだったのではないかとまことしやかにささやかれ、ちょっとした夢とロマンを見せてくれた「城青兒」なる謎のマンガ家の衝撃の正体だったと数年前に明かされた大物画家という印象が大きいですし、だからこそ余計にときめくのです。

その別PN説の根拠の一つ、つまり後々までファンを惑わせる一因となった手塚先生の『化石島』前書き「この本をつくるにあたって、城青兒先生に非常なご援助をいただきましたことをあつくお禮申し上げます」という一文と、その『化石島』の絵物語調パートの緻密な絵を思うと、今回の企画展で初めて見られた武部画伯の原画の筆跡も生々しく力強い美しさに、二重の意味で感動したのでした。


まあ、そんな小ネタも楽しみつつ、やはり手塚オタクとしてのメインは手塚マンガ原画。
特に、上述した星新一の米粒文字に負けず劣らずの細かい描き込みがされている『鉄腕アトム/赤い猫』の原稿は、どれだけ眺めても飽きることがなく、初期手塚マンガの描線の美しさに改めてほれぼれさせられ。
絵の細かさももちろんなんですが、ヒゲオヤジが公団の土木課を訪ねるところの俯瞰シーンなんて、小さなコマの中にモダンでどこか威圧的な部屋をおさめて見せてしまう構図のうまさ、線の迷いなさが、原画だと恐ろしいくらい伝わってきて、本当にしびれる。

ちょうど先月発売された『チェイサー』2巻(手塚治虫に本気で嫉妬する主人公マンガ家の目線を通して、昭和20年代〜30年代の手塚治虫怒涛の仕事ぶりを克明に描くマンガ)で、アトムなんて手塚作品でも陳腐だ、いや特に初期の細かい画面構成と造形は芸術的だ何だと、主人公海徳と奥さんのアトム論争が描かれていて、海徳の熱弁に、うんうんと涙ながらに頷いていたところだったので、ほらほらやっぱり初期アトムのこの芸術性的すばらしさよ!と海徳よろしく私も誰かれ構わず熱弁したくなりました。

ああ、すばらしかった。


しかし、そんな嬉しい原画展示だからこそ少し気になったのは、『ロストワールド』の“直筆原稿”が何の説明もなく、ただ1948年作品として展示されていたこと。

去年観に行った都現美の「マンガのちから」展では、初期SF三部作の“直筆原稿”に関して、オリジナル原稿は既に紛失しており、この原稿は全集発行の際に新たに描き直しされたものだという正確な説明がきちんと付されていたことを思うと、今回のこの展示の仕方は、ちょっと大ざっぱではないかと感じたのでした。

これは、描き直しが多く、その関係も入り組んでいる手塚マンガだからこそ、一言欲しかったなあと。ほぼオリジナルだった『赤い猫』(1958年)がすぐそばに展示されていて、『ロストワールド』の綺麗さが目立ったからこそ、なおさら。

とはいえ、企画展全体を見てみれば、そんな細かいことなんざ吹っ飛ぶぐらい楽しかったので、まあいいや。


ところで、上述した「第一世代」5人については、その作家性を説明する大パネルが企画展メイン会場の壁に展示され、それぞれの前に1コーナーが設けられているという趣向だったのですが。
他の4人は、そのパネルの中に散りばめられた文章がすべて本人たちの言葉だったのに対し、手塚先生のパネルだけは、本人ではなく「作家たちが語る手塚治虫」という内容になっていたのは、もしかして、テヅカ関連で一番信用ならないのは「ソース:本人」だというのがもはや明白だからなんでしょうか。
と、そこはちょっと笑えた部分でした。




感想を書こうとしているうちに2週間たってしまい、残り会期も少なくなってしまいましたが、本当にオススメの企画展でしたので、機会のある方はぜひぜひ。




チケットもかわいい!
下地の銀色の部分がちゃんとメタルインクなので、懐かしい未来感が満載。
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テヅカごと  2014/09/19(Fri)21:48

某所での「手塚マンガの決められたお題で1時間で絵を描く」というステキ企画に参加して描いた絵。お題が七色いんこだったので、つい飛び込んでみました。

  
捕らえるつもりが囚われていた 誰が? 誰に?


千里刑事は泥棒いんこを追っているつもりだけど、実はいんこのほうが千里刑事の中のモモ子を追っており、しかし、そんないんこの中の陽介もまた、自分はトミーに救い上げてもらえたけれどモモ子の幻がまだ底に沈んだままである水辺へと向かうように、トミーから借りた姿で追い立てられているのかもしれない……という、この二重三重に絡み合った二人の関係がたまらなく好き。

七色いんこは、ポップなラブコメとして読んでも、演劇から本歌取りした壮大な復讐劇として読んでも楽しいけど、ところどころで狂気すれすれの部分がちらほら見えるところが面白いなあとぞ思う。
『フィルムは生きている』と会津と佐々木
テヅカごと  2014/07/02(Wed)04:39

国書刊行会『フィルムは生きている』が届きました。

いやあ、すばらしい。実にすばらしい。
そもそも公式から、佐々木関係でこれほど大きな燃料投下があったのは、果たしていつ以来であったか。
2008年の『ライオンブックス/複眼魔人』復刻か、『芸術新潮』で森室長が「個人的に好きなキャラクター」という一文とともに公開してくださった秘蔵私物お宝の色紙2枚か、もしくは、もっとさかのぼって2005年、TVアニメ版『B・J』の『動けソロモン』回で佐々木がりっぱな二枚目ライバル(ロン毛)にグレードアップ改変されていたとき以来だったか。
これはもう涙流して、祭りじゃ祭りじゃと叫び、あがめ、たてまつるしかない。

……と、以前の記事で延々と暑苦しく語ったように大いに佐々木びいきの私としては、そんな浮かれた年表をなぞらずにはいられぬほど、久々に書き加えるべき大きなトピックの到来に歓び、打ち震えています。

何はともあれ、出演作はやたらと多い割には、案外、役自体は地味なことの多い佐々木小次郎の数少ない胸を張れる代表作が、こうして復刻されたのです。
しかも、りっぱな箱つきの本で、表紙は武蔵とのツーショット、中表紙はまさかの佐々木ソロという、驚くほどの佐々木推しなのですから、実にめでたい限りです。
これでまた次に何かあるまで待つだろう数年間、ごきげんで生きていけるわ。
ああ、ありがたい。


とりあえず、これまでの単行本で削除されていたあらすじ解説部分を今回の復刻で初めて確認でき、そこに「おぼっちゃんそだちでわがままな小次郎」と書かれてしまっている1コマがあっただけで、
はい!先生みずからの!お坊ちゃん育ちと!わがまま認定!
いただきましたアアアアアアア!
……とハイテンションで一文字一文字を愛でられるぐらいには幸せです。
そう、そんなお坊ちゃん育ちだからこそ、単純で、お人好しで、わがままと陽気なあつかましさも不思議と憎めない、自信家のあの子が大好きでたまらないのですよ。私は。


 +

ところで、今回のこのオリジナル版で確認したく、楽しみだったことがもう一点。

『フィルムは生きている』において、主人公武蔵の才能を見出し、なおかつ彼の人生のターニングポイントで背中も押してくれる、作中きってのオトコマエ編集長、盤台庄助。
この名前は、盤台(ばんだい)=磐梯山に小原庄助を組み合わせているという、明らかに会津にゆかりのあるネーミングです。

先生と会津の関わりといえば、その生涯中、私的に3度も訪れており、そこに取材して描かれた『スリル博士』の回もあるという深さがあり、2000年に『私たちの手塚治虫と会津』という愛情あふれる本が地元のまんが集団の方々の手で編集、発行されたり、また最近でもJRの新幹線車内誌『トランヴェール』で特集されるぐらい、おなじみのお話。

ストーリーの大枠は『宮本武蔵』のパロディとして展開していく『フィルムは生きている』の中では、やや唐突に出てきた感のある、この重要人物につけられた会津ゆかりの名前と、手塚先生の会津とのかかわりの間には、何かしらの相互関係があるんじゃないかしらん……と以前から気になっていたのでした。

 +

というわけで、今回のオリジナル版で確認してみたところ。
盤台編集長が初登場するのは第7回、つまり1958(昭和33)年10月。

一方、この前後の手塚先生と会津のかかわりを時系列で追ってみますと。

まず1957(昭和32)年5月、会津出身の笹川ひろしさんが上京、専属アシスタントに。

その約1年後、1958(昭和33)年4月から『中学一年コース』で『フィルムは生きている』連載が開始し、それとほぼ同時期の5月、笹川ひろしさんと同じ会津漫画研究会出身の平田昭吾さん(『B・J創作秘話』4巻にも登場)ともうお一方が上京してきて、手塚先生のアシスタントになります。

つまり、『フィルムは生きている』連載が始まったばかりのタイミングで、先生のもとには会津出身のアシスタントが3人もいたことに。
このうちお一人、平田昭吾さんとともに上京された方は、残念ながら実家の事情で1年ほどで帰郷されたそうなので、手塚先生周辺で最も会津色が濃かった1年間は、ちょうど『フィルムは生きている』連載前半に重なるのです。

手塚先生が、3人の会話を日常的に聞いていたから会津弁に達者だったとか、3人の会津弁に感化されてしまい「そうだべした」と言っていた……などというエピソードも『私たちの手塚治虫と会津』中には書かれています。え、何それ、かわいすぎるじゃないか。

そうであれば、仕事場にわいわい会津弁が飛び交っていた時期であろう1958(昭和33)年10月、連載第7回で登場させる物語のキーマンであり、主人公を新しい世界へいざなう重要人物のネーミングを手塚先生が、アシスタントさんたちの故郷でおなじみの民謡『会津磐梯山』と、その中に出てくる小原庄助さんから引っ張ってきたというのも、想像に難くないわけでして。
手塚マンガ中で、後年までやたらと、もっともじゃ〜もっともじゃ〜と小原庄助さんネタが唄われているのも、このせいなのかしらん。

 +

さて、『フィルムは生きている』でも物語が大きく動く部分、断さんの死と武蔵の絶望、そして「ハイリゲンシュタットの遺書」で武蔵が再び希望を取り戻し、朝日に向かって走りだすところは、連載第12回、1959(昭和34)年3月号だったということが、今回のオリジナル版で確認できました。
つまり『中学一年コース』から『中学二年コース』へ学年が切り替わるところで、この物語の転換点を持ってきていたわけで、ここの年度に合わせた持っていき方には、改めて、うまいなあと。

この1959(昭和34)年は、実際に手塚先生自身が東映動画の嘱託として本格的に長編アニメ映画『西遊記』の制作にかかわりだした年。
また、この年の3月ごろから新たに月岡貞夫さんがアシスタントに加わり、その月岡さんは、同年夏ごろから石ノ森章太郎先生とともに先生の指示で東映動画に行っていたことが『B・J創作秘話』等でも描かれています。
一方で、そんなアニメ制作の合間、同年4月3日から6泊7日で、手塚先生は笹川さん、平田さんを伴って、その故郷の会津へと初めての旅行に行かれているのです。

そんな1959(昭和34)年の手塚先生周辺の動向を『フィルムは生きている』後半の展開と並べてみますと。

いよいよ東映動画での仕事が本格化していく手塚先生とシンクロするように、1959(昭和34)年3月号、連載第12回では、アニメ映画への断ち切れない思いを深く自覚していった武蔵がとうとう決断をする。

そんな思い入れが空回りするように現実ではストーリーボードづくりは難航し、マンガのほうも週刊誌連載まで始めてしまったぎゅうぎゅうのスケジュールの中で、アシスタントの笹川さん、平田さんの故郷である会津若松へ初めての旅行に手塚先生が行かれた1959(昭和34)年4月、連載第13回では、アニメづくりのためマンガ連載をやめさせてほしいという武蔵の頼みを盤台編集長が叶えてやる。
ちなみに『手塚治虫物語』によれば、この旅行の帰りの汽車で、ストーリーボードの決定稿が描かれたとのこと。

そして、手塚先生が少し距離をおいて、代わりに月岡さんが東映動画に通うようになり始めていた時期だろう1959(昭和34)年7月、連載第16回では、その月岡さんの名前を入れた「ロカビリーの店 月岡」というお遊び看板や、武蔵のアニメづくりを笑顔で応援する盤台編集長などおなじみの人々の浮き立つような雰囲気の一方で、
「かんがえるのとネ やるのとはネ おもったよりうまくいかないものなのよ」
「ひとをつかうって こんなにむづかしいものとはおもわなかった…」
というアニメ制作の現実と本音を映すような苦い台詞もちらりと覗いてくる。

もちろん、雑誌の号数と実際の発売月にはいくらかのずれはあるわけですが、多少の前後はあるとはいえ、この時期の『フィルムは生きている』作中の展開と実際の手塚先生の動向との間には、密接なリンクがあるように思えてなりません。

何よりおもしろいのは、会津若松の名を持つ盤台編集長が何とも粋な一芝居で連載を切って武蔵をアニメづくりの夢へ送り出してやるという、彼の最大級イケメン炸裂回だった連載第13回が、手塚先生自身がまるでたくさんの連載から一息つくかのように唐突に会津若松へ旅に出かけた1959(昭和34)年4月とほぼ同時期だということ。

この旅から生まれ、また実際に旅行中に描かれた作品としてまず一番に挙げられるのが、先生が旅で行かれた場所、会われた地元の方々をモデルとして織り込んでいる『スリル博士/博士のノイローゼの巻』。
が、その『スリル博士』ほど直接的ではないにせよ、『フィルムは生きている』もまた、この会津の旅から先生が何がしかのものを受け取り、そして年度が変わっていよいよ本題に入っていく後半の展開につながっていった作品なのではないかな……と、どこかほのかに暖かなものを感じるのです。

 +

ところで、『フィルムは生きている』内で武蔵が佐々木をきつく責める
「あのときの佐々木小次郎の情熱はどうなったんだっ」
「連載十二本…それがきみののぞみだったのかい それが!」
という台詞。
ちょっとですね、ここはですね、佐々木びいきでなくとも、自分は連載たった1本でひいひい悲鳴を上げているくせにそれ言うのか言えるんか……とツッコミ入れざるを得ないところです。武蔵の主人公様特権に震えるわ。

そんな責められる役を哀れにも割り振られてしまっている佐々木が、『フィルムは生きている』の2年前、デビュー作である『おお!われら三人』で通っている五陵中学は、その名称などからして、明らかに先生の母校の北野中学がモデル。
(校章や同窓会の名称が“六稜”)

しかも、後に「ぼくはこの“佐々木小次郎”というのを描きたくて描きたくてしようがなくて、彼を活躍させようと(中略)このあと「フィルムは生きている」とか「複眼魔人」とかを描いていったわけです。」と、手塚先生にしては珍しく照れも落としもなくデレ全開のコメントをもらっている稀有な男こそが、佐々木なのです。

武蔵が上記のように佐々木を責める連載第10回、1959(昭和34)年2月は、実際に手塚先生自身もまた作中の佐々木と同じように軽く10本を超える連載を抱えていますので、自分でこの台詞を描く先生ったらどれだけドSだったのよ……と軽く戦慄します。
が、その台詞をぶつけられた相手が、デビュー作で自身の青春時代の場所をなぞらせ、次の作品では「活躍させ」るべく自身と同じマンガ家にした佐々木だったことを考えると、そこにあるのは単なる自虐ではなく、諧謔でもなく、佐々木自身が武蔵に「連載十二本」と誇ってみせる言葉そのものの嫌味なき自負らしきものすら感じるのです。

主人公がマンガ連載することを道に迷っているのだと断定され、自分自身もそのことでライバルを責めたて、そしてマンガをやめて晴れ晴れとアニメ制作に行くという話でありながら、『フィルムは生きている』はふしぎとアニメ至上というわけではなく。
むしろ、ただひたすらアニメもマンガも含めて「描く」こと全てへのフラットな情熱に満ちた物語になっている。
その理由は、恐らく、先生の理想へと武蔵をまっすぐ背中押しする盤台編集長とともに、先生の現実(それは突然思い立って旅に出たとしても抗えなかったもの)を投影され背負うことになりながらも陽気でわがままで憎めない自信家であることを貫いた佐々木という男が、絶妙のバランスで物語を支えたおかげなんだろうなあと。


改めてそう思えた、今回のオリジナル版でした。
アセチレン・ランプは猫を手放さない
テヅカごと  2014/05/05(Mon)15:34

ここ何カ月間か、ランプさんのことをぐるぐる考えていたことのつぶやきなど。



初期作品から手塚マンガ世界に入っていった自分にとって、輝かしい悪役としてまず挙げられるのがアセチレン・ランプなのですが、その描かれた様で印象的なのは案外、作品中で敵役として憎々しげに暴れる姿よりも、死に直面したときの姿であったりします。

中でも強烈なのは、逆らえない死にやがて敗北しつつも、なお何かに執着しあがく姿。
救おうと伸ばされたヒゲオヤジの手を振り払ってまでポケットの金を守ろうとして愚かにも落ちていく『来るべき世界』、トランクいっぱいの財産を抱えながら人類の墓標のように氷雪に包まれていく『0マン』の死に顔などは、その執着が強ければ強かったほど惨めであると同時に鮮烈で、まさにトラウマの極みです。


そんなすさまじい人間の欲望と執着心をさまざまな形で見せつけてくれるランプの役遍歴の中でも、ひとつ毛色が変わっていて個人的に好きなのが『大洪水時代』。

脱獄囚としていつもどおりの悪役として振る舞いながら、しかし、日本を覆う大洪水という大災厄で死に直面したとき、おびえ、震え、ヒゲオヤジに蹴りつけられ、なぜ俺をそういじめるんだと情けない泣き顔をさらす。

そして、このとき、生きよう助かろうと必死に箱舟を造ろうとする人たちの中にあって、ボヤボヤするなという罵倒に、俺はばかだ臆病者だと泣き叫びながらも、ランプが大事そうに持ってきて手放そうとしないのは、金でも食料でもなく、一匹の猫なのです。

ランプは、なぜここで猫を持ってきて抱くのか。

いや、むしろ、他作品の役で一見、ランプが執着しているように見えるものと、この猫との間には何か違いはあるのか。

 +

というわけで、さらに他のランプの主な役を見ていきますと。
例えば、『キャプテンKen』ではみなし子の自分を拾ってくれたというデブン知事への恩を銃で返そうとし、『W3』では基地を守るためならばどんな非道も平然と行ない、『アドルフに告ぐ』では総統のアキレス腱である文書を隠滅するため暗躍する。
そこには、物語上のポジションとしては悪役でも、自分が属し仕える何がしかへ彼なりの忠義を尽くすという役が、もう一つの大きな系譜として見えてきます。

その系譜をさかのぼっていくと、突き当たる一つの初期作品が『平原太平記』。

原の開発などせず捨て置けという殿の言葉どおりの立場を固守する姿は、たとえ意味はわからずとも上官の命令には逆らわないとみずから言う『W3』のようであるし、何度も何度も、たとえ新時代が到来しようと旧藩の名を語りあらわれる不気味なまでの姿は『キャプテンKen』『アドルフに告ぐ』のしぶとさ、恐ろしさの原点のようでもある。


しかし、この『平原太平記』のランプ=柳生周馬が、何にそこまで突き動かされているのかというのは、実は作中でそこまではっきりと明示はされていません。

官軍を迎え討つため足伏が原を焼き払うことを進言するあたりは、単なる前時代的思考による忠義心や殿のイエスマンを超えていますし、ではクライマックスで告白する「拙者は須田紋左にふかいうらみがあるのだ」のとおりなのかといえば、その恨みとやらの原因が何なのかは明かされない。


であれば、彼の動機と本音が最もあらわれているのは実は、それに続く
「ここが もとの荒野になるまで 拙者はのろってやるぞ」
という台詞のほうだったのではないか。

「もとの荒野」=世界が変わらぬままであることへの願いこそが、この作品で彼が見せる不気味な執着心の正体として、正解だったのではないかと考えられるのです。

新しい時代の象徴である製糸工場の歯車に、旧時代の象徴である刀を何度も突き刺しては狂わせて止めさせる彼が愚かしいまでに殉じているものは、切り拓かれていく足伏が原の一方で消えていった藩や殿への忠義ではなく、憎いと語る男への恨みですらもなく、実は変わり移ろいゆき取り残されていく時代そのものだったのかもしれません。

 +

そんな『平原太平記』からランプの役をたどっていくと、彼が見せる執着心にはまた別の姿が見えてきます。


『W3』では、もはや任務というレベルを超えた私情で、宿敵と思い定めた星光一との最期の決着にこだわりますが、それに彼が踏み切って死んでいくのは、それまで非情卑劣なまでの堅い姿勢で守っていた基地がいよいよだめになり、崩壊しかかった島を見捨てていく島民たちに「逃げろ逃げろ」「でていっちまえ!」と投げやりな言葉をぶつけた後。

『キャプテンKen』では、Ken、伝説の男シェパードに対してまで勝負を何度も迫るものの、それがお望みどおりクライマックスを迎えるのは、彼が属さない新しい代の子供たちが人間代表としてこの星の行く末を決め、全ての悲劇が回避されるだろうもう一つの未来への分岐点に差しかかる直前であって、そしてランプ自身は、彼が生きる糧としてきたその腕のインチキを暴かれ、彼が属していたものたちとともに敗北していきます。

『アドルフに告ぐ』では、彼が仕えるもののを脅かす存在を葬るため、あれほどの執拗さで任務をこなしてきていながら、「我がドイツはもう最後ですな」とその終わりを悟ったときには、それまでの冷酷な忠実さと同じ淡々とした態度で、その終結にあっさりみずから手を下し、自分自身の姿すらも物語から消して去っていく。


ランプが執着して殉じる、もしくは彼自身の欲望の成就とともにに道連れにして去っていくのは、いつだって、滅んでいく旧世界であり、消えていく古き時代なのです。


だからこそ、ランプは、『荒野の弾痕』で、戦争が終わったとたん厄介者扱いになったことを恨む旧時代の遺物のようなダッドレイと行動を共にし、その彼がいざ新しい時代に「善人づら」でおさまろうとすれば気に入らないと責めるのですし、同じ西部劇の『サボテン君』では、終わりの見えなかった2つの家の争いがようやく収束しようとするとき、その変化をとどめようと、ついには手塚先生本人がみずから出てきてあきれながら後始末しなければならないまでに、しぶとく暴れるのです。

だからこそ、『太平洋Xポイント』で、かつての時代を忘れたかのように妻子との新しい生活を平穏に送るサムには、過去を忘れることなど許さないかのように不気味につきまとうのですし、その逆に『おれは猿飛だ!』では、「わしがこんな役をするのは珍しい」とみずから笑って言うような善人役として、やがて滅びる運命である豊臣方の真田大助少年に優しい眼差しを向けるのです。


であれば、『来るべき世界』でランプがロケットに積み込んでいった金も、『0マン』で凍っていく地球から持ちだそうとしたトランクいっぱいの財産も、それらは、ランプの“悪役”として、もしくは“人間”としての愚かで弱くて浅はかな欲望と執着心のわかりやすい象徴というよりは、むしろ、ランプが殉じ、ランプとともに敗北して潰え去っていく旧時代の象徴といったほうが正解かもしれない。


よくよく考えれば、貨幣価値ごと世界が滅びようとするときに「世界一の金持ち!」と笑いながらロケットに金を積み込むランプが実際に地球から持ちだそうとしていたのは、知ってか知らずか、実は、その意地汚いまでのバイタリティでのし上がり、今まさに地球とともに滅びようとしている人間社会の制度と価値観そのものだったわけですから。

新人類フウムーンが、破滅する地球から種の保存のため動植物を採取して救い出し、ロケットで宇宙に持ちだそうとしていたことと同等の行為として。

 +

そのように、ランプがその執着心で自身とひもづけしているものが滅んでいく旧世界なのだとすれば、それはまた裏を返せば、ランプがその執着心とともに退場していくことと引きかえのように、いつでも物語は、その先に新しい世界を用意しているとも言えます。

それは例えば、初期の代表作『ロストワールド』において、植物性人間2人のうち、ランプの食欲という名の生への執着の犠牲になることを免れることができたあやめが、ママンゴ星において敷島と結ばれ、新しい星の新しい種のアダムとイブになれたように。

例えば『地球を呑む』で、ランプという一人の男に対する恨みが、金と法律と男を含めた「世の中全部」をめちゃくちゃしろという母親の呪いのような遺言となり、その娘たちの復讐によって世界は崩壊し、ゆっくり新時代へ移行していったように。

例えば『未来人カオス』で、ランプが悪辣な強制労働星の所長として君臨するバカラ・サテライトが、彼の死とともに一旦破滅した後、まるで『火の鳥未来編』のような再生の試行錯誤の末に、“母”となることを目的にやってきたマユの到来によって、徐々にその星としての形が定まっていったように。


ランプが抱えこみながら滅んでいく旧世界。
そして、その先に物語として勝利し提示されるべき新世界へつながっていくのは、いつでも“母”であり“女”たちなのです。

 +

さて、そうなってくると、『大洪水時代』で世界崩壊のときに恐怖に怯えたランプに抱きしめさせるため手塚マンガ世界が用意するのは、やはり猫しかなかったと言えます。

『猫の血』では核戦争後の世界へ、『二人のショーグン』では新しい学校と生活へ旅立つ汽車へ、愛する男を追いかけてたどり着く“女”の執念を見せ、『おけさのひょう六』では主人が目を潰され彼が愛した女が売られていく敗北の横でしたたかにその意志を継ぎ、『ミッドナイト』では崩壊するビルから子供とともに脱出して“母”として新しい町へと生き延び、『B・J/猫と庄造と』では哀しい思い出の土地から去っていく男に“妻”として力強くついて歩いていく、猫たち。

『動物つれづれ草』で、手塚先生自身がネタ混じりながらも“女”との類似点を18点も挙げて考察されたのが、手塚マンガ世界の“猫”という生き物なのです。


『大洪水時代』ランプの横で繰り広げられていた“母”の死をめぐる兄弟のドラマ。

ランプは、その兄弟のうち“母”の幻を大事に抱え続けている鯛二に「ゆきたまえ」と励まされて立ち上がり、“母”にかわいがられなかったという確執を持ち続けた鮫男がまるでいつもの彼の役回りの身代わりかのように死んでいくことで、生き延びます。

洪水によって旧世界とともに滅びていくことなく、「死んだつもりでいっそ いいことをしてしてしつくすぜ」と生まれ変わったことを自覚し、観察者に「人類はまだまだ滅びはしないでしょう」と明るく語られるような姿で箱舟が流れていく新世界へと生き延びることができたこの物語のランプ。
その結末への途上で彼が必死で抱きしめるにふさわしいものは、金や食料でなければ、犬でも小鳥でもなく、やはり猫でしかあり得なかったのです。

 +

東京の雑誌での初連載が始まり、徐々に手塚先生の仕事の軸足が移行するきざしが見え始めていた赤本時代終盤の1950(昭和25)年に描かれた単行本『平原太平記』。

その中で「ここが もとの荒野になるまで 拙者はのろってやるぞ」と言いはなち、旧時代に殉じてともに消えていったランプ=柳生周馬という男の呪いは、その3年後の1953(昭和28)年、『鉄腕アトム/赤い猫の巻』で、同じように切り拓かれていく原野の様を呪い、その変化を止めようと抗う猫又教授によって再現され、そしてこの作品では、教授が猫を相棒にすることで、『平原太平記』とは異なり時を止めることができます。

それを経た2年後の1955(昭和30)年、かつての赤本時代の再来かのように描き下ろされていった別冊付録の1つ『大洪水時代』において、その猫を抱きしめることで、ランプは滅んでいく旧世界とともに死ぬことなく、箱舟で水平線の向こうへと生き延びていく。

だからこそ1959(昭和34)年、今度は月刊誌から週刊誌へという大きな変化が起きていたのと同じ年にもう一つの大きな変化、漫画的描線と劇画的描線という変化を盛りこんだ実験作『落盤』で、ランプはその描線という次元の旧世界と新世界の間を軽やかに行き来してみせるのです。
その後もまた幾度となく手塚マンガ世界に訪れる変化の中で、旧世界に殉じる死を繰り返してはまた性懲りもなく生き返る、その執着心とバイタリティとしたたかさの鮮烈さを予兆するかのように。

 +

宇宙の虚空に浮かぶ星となったみずからの死も含め、それは新しい星のアダムとイブにとって「かえって幸福だったかもしれない」とヒゲオヤジが物語をしめくくった『ロストワールド』から始まり、やがて“母”不在の家で子供を子供のあるべき世界へと送り戻す『七色いんこ/俺たちは天使じゃない』、旧世界にみずから引き金を引いて幕を下ろし、みずからも去っていく『アドルフに告ぐ』まで連なるランプの役遍歴。

その中で、小さな飛び石のようにすら見える『大洪水時代』。


アセチレン・ランプは猫を手放さない。手放せない。

たった2コマでしかないその姿はしかし、『来るべき世界』『0マン』『W3』などの大役でランプが、旧時代に執着し旧世界に殉じようと抗う姿が時に惨めでエゴイスティックで無様だからこそ、なお一層強烈な印象を残す死の瞬間と同等の鮮烈なドラマを見せてくれ、また手塚マンガ世界の愛おしいパーツの一つを提示しているように感じるのです。
今年のお楽しみ
テヅカごと  2014/01/17(Fri)17:55

いよいよサイトが本格始動のようです。



ロゴを見ただけで心が10万馬力でワクワクしてくるー。
ホンット隅から隅まで芸が細かいなあ……はああ溜息。
本当に楽しみ!


……直接参加は物理的に無理な身なので、せめて当日にエア新刊的なマンガを
何か上げてせめてウェブ上でお祭り気分になれたらいいなーという希望願望切望。

マンガ家ドラマとマンガ家マンガ
テヅカごと  2013/10/19(Sat)00:54

「神様のベレー帽」
http://www.ktv.jp/beret/index.html

ようやくテレビをゆっくり占領できる時間ができたので、録画視聴。

前にキャスト発表されたときの予想を裏切らない爽やか先生だったー。

先生にしてはおっとりゆっくりなしゃべり方だなあと観ていたんですが、抑揚のつけ方が、公の場での先生のしゃべり方に似て聞こえるところが時々あって、おおっと思ったり。

しかし、原作マンガでは、執拗に描き込まれた汚れと汗と無精ヒゲとで、あれだけ恐ろしくむさ苦しい生きるか死ぬかの戦場になっていた原稿待ち編集者たちの修羅場風景も、ドラマでは、一応は切羽詰まっているものの、どことなくのほほーんとした“僕らのオサム先生をあきれつつ暖かく見守る会”的な空気になっていたのは、ドラマの趣旨のせいなのか、カワイイ女の子目線に脚色した画面中和力のせいなのか。

そしてまた、それだけ爽やか+カワイイのフィルターでいくら中和して描いたとしても、あの実話の壮絶さを中和しきれない先生の仕事量には、やはり改めてしみじみとせずにはいられませんでした。
振り回される周囲の人も、そして自分自身をも熱に浮かされるようにどうしようもなく突き動かしていく、描いても描いても描かずにいられない創作者の業のようなものに。

前の記事でも書きましたが。
やはり私が『B・J創作秘話』(もしくは手塚先生の思い出を語る人々の言葉)を読んでいてすごく惹かれるのは、“天才”が“凡人”を暴風雨のようなむちゃくちゃさで巻き込んでいってしまう創作現場に満ちていた幸福な熱気と狂気、しかしそれすらも今は愛おしさとわずかな痛みを含んだ追憶として人に語らせてしまう“天才”だからこその輝きと表裏一体の恐ろしさという部分なんですよね。
それを可能にしただけの才能と、だからこそ読める作品群に感謝と敬意を払いつつ。

というわけでドラマのラスト、何となーく新社会人ガンバレ!的なイイ話として笑顔できれいにまとめられそうになっても、いやいやいや、ごまかされないからね!先生の綱渡り壮絶修羅場話って実は全然イイ話じゃからね!と
赤塚「これでいいのだ」
壁村「よくねえよ」
というあのワンシーンが頭のなかで繰り返し再生されてしまったのでした。

とりあえず、現代に戻った小田町ちゃんは、壁村編集長がいつも原稿ギリギリの先生に対して実にまっとうな苦言をぐっさり呈するシーンが入っている『B・J創作秘話』原作マンガの最新刊も、この新社会人研修のシメとして読んでおくべきだと思うよ。


それにしても、一部キャストが朝ドラ版『ゲゲゲの女房』とかぶっていた(しかも役柄も似ていた)のは偶然なのか狙っていたのか。

こうなったら、いっそドラマとは別に映画版もつくられちゃうところまで『ゲゲゲの女房』と同じになればいいじゃない。
次は、今回のちょい悪ダンディどころじゃない壁さんが、酔って凄む迫力のアクションシーンもよろしくお願いします。

+

ところで、ドラマが放映された次の週、テヅカオタク的に待ち焦がれていたマンガ家マンガの第1巻目が偶然ながらも同じ日に発売されました。

チェイサー 1 (ビッグコミックス)    フイチン再見! 1 (ビッグコミックス)
(表紙の絵がたまらなくすばらしいので、画像を貼っておく)

『チェイサー』は、アンチ手塚を装いつつも実はものすごい手塚マニアで手塚を意識しては空回りしてしまう架空(否、実在?)のマンガ家が主人公のお話。
『フイチン再見!』は、『フイチンさん』の上田トシコ先生の伝記マンガ。

どちらも昭和30年代が舞台のマンガ家マンガという共通点がありますが、もう一つ面白い共通点は、『チェイサー』の主人公海徳は手塚先生と同じ歳設定、『フイチン再見!』の主人公上田先生は手塚先生より11歳上ということなのです。

これって、実は今までの昭和マンガ家マンガに出てくる手塚先生として、余りなかった形なんじゃなかろうか。

『まんが道』では背中にどーんと宇宙を背負った憧れの“神様”として描かれたり、また『劇画漂流』ではちょっと年上の上品で頼もしいお兄さん的存在として描かれたりなど、トキワ荘系譜にしろ、劇画サイドにしろ、戦後マンガ史を題材にしたものに手塚先生が出てくるときには、角度や形は違えども大体“下から見上げる”目線で描かれるのが主流。

しかし、例えば『チェイサー』では、自分と手塚が同じ歳だと知った主人公海徳が、ますます強烈にちくしょう手塚めえええ!とライバル心を燃やしますし、『フイチン再見!』では、40代に入る上田先生が手塚先生を見て「あなたは天才だわ そしてわたしよりずっと若い…」と自分の来し方行く末をしみじみ考えさせられる。

このように同じ歳、もしくは年上からの目線で描かれる手塚先生は結構新鮮です。


ちなみに先日、新聞の映画コラムのゲストとしてコージィ城倉先生が『アマデウス』を取り上げていた回によると、『チェイサー』の海徳と手塚の関係はサリエリとモーツァルトも意識しているらしい。

これを読んでまっさきに思い出したのは、2009年に復刻された『新宝島』付録『新宝島読本』に掲載されていた中野晴行さんの解説。

ここでは、酒井七馬先生が若き手塚先生に『新宝島』合作を持ちかけた経緯について、ベテラン酒井が、若き手塚青年に自分にはない「躍動感=動き」の才能を見出し、しかしまだ未完成で荒削りのそれを自分こそが磨きたいと願ってしまったのでは……と仮定し、
「サリエリ同様に、超天才と出会ってしまった七馬の不幸は、原石を珠に磨いてみたいという誘惑に負けた瞬間に始まっていた」
と2人をサリエリとモーツァルトに例える、実に燃える一文が書かれているのです。


というわけで、そろそろ大御所でもベテランでも先輩でもない、そんな“横”もしくは”上”から目線で捉えた若き手塚青年というものも、マンガ家マンガだけではなくドラマや映画のほうでも見てみたいなーと思うんですけれど、どうなんでしょうね。

自分のマンガの冒頭で「これは漫畫に非ず」と堂々宣言しちゃったり、自信満々で新聞社に売り込みの手紙を送りつけたり、自分のマンガが印刷物になることに浮かれたり、酒井先生の先輩としての修正指導に反発を覚えたり、加藤編集長の懐の深さに甘えきったり、そういう、ほとばしる才能と若さゆえの怖いもの知らずな勢いとが、ときにアンバランス、ときに勇み足になりつつも、自分の描きたいものと時代の流れとが噛み合う幸福な高揚感のままに駆け抜けていった手塚青年の10代から20代……
……という観点での手塚治虫物語も観てみたいなー。観たいなー。観たいよー。


その点では、2010年に三谷さんの長編昭和ドラマで藤原竜也が演じた手塚先生には、それに近い気配が感じられて結構お気に入りだったんですよね。
姿かたちは笑えるぐらい全く似せてないんですけれど、あふれる才気のままに嬉々として「世の中の厳しさ」すらも織り込んだマンガをざかざかと描いていく姿が、少ないシーンながらもすごく良くて。
その熱量が、周りの平凡な人間に「自分にもできるかも…」と一種の錯覚を抱かせてしまったり、しかし才能でできることの差という現実を思い知らせて打ちのめしたり、創作に対する強さ鋭さとともに実は周りをも傷つけかねない、圧倒的“才能”というものが持つよく斬れる刀のような両面性が、さりげなく描かれていたんじゃないかなーと。
このドラマの主人公たちが、偉人でも有名人でもない“何者にもなれなかった人々”というコンセプトだったから、余計にこの対比がおもしろかったのかも。


ここ最近の手塚関連書籍といい、今回のドラマといい、“人間”手塚治虫を描こうとする趣旨のものがふえてきているので、次はいっそ、そんな若くて青臭くてちょっと無自覚に残酷なワカゾー治虫像が描かれてもいいんじゃないのかな。

手塚が決して全ての始まりなのではなく、戦前から続く大きな流れの中にある戦後マンガ史への再認識という意味でも。


そんなことを夢見がちに考えてしまった、今月のマンガ家ドラマとマンガ家マンガ鑑賞ラッシュなのでした。

 +

ちなみに『チェイサー』は、手塚ヲタの人で未見の方にはマジでおすすめしたい。

『おれはキャプテン』で見せてくれている見事なちばあきお先生オマージュもすごく好きでしたけど、そんなコージィ城倉先生の絵で描かれる昭和30年代マンガ家残酷物語と、シルエットしか出てこないのに濃密な手塚先生の気配という雰囲気がたまらんのです。

本棚にずらりと並ぶテヅカ単行本の大きさ違いやロゴ、ちらりと見えるだけなのにこれはあの作品のだなーと分かる手塚マンガ原稿など、細かいところまでマニアックな描き込みが読んでて楽しいし、何より主人公海徳のねじれたテヅカ愛がすばらしいのですよ。

『おれはキャプテン』ではコージィ先生の描かれる赤面涙目萌えでしたが、『チェイサー』海徳で蒼白脂汗顔萌えという新しい境地まで開かれたわどうしてくれよう。


あと手塚ヲタとしては、主人公海徳の担当編集者3人の名前が、それぞれ欄布(ランプ)氏、刃矛(ハム)氏、六狗(ロック)氏となっている細かいお遊びが楽しいのです。

その中でも、海徳の手塚コンプレックスを絶妙に突いてくる精神攻撃で海徳をうまく手玉に取って転がして描かそうとするのが六狗(ロック)。
「あんたのためだ」とそれなりに親身にアドバイスしようとするのが欄布(ランプ)。
海徳に五千円借りちゃったがために微妙に立場が弱くて無茶を押し切られるのが刃矛(ハム)というこの細かい割り振りには、ちょっとにまにませざるを得ません。
そして後半に出てくる4人目の担当・日下(ヒゲ)氏は、ヒゲオヤジなんだろうか。


第1巻ラストは『花とあらくれ』が出てきたことから昭和34年末ごろのようですけれど、このままどこまで描いていってくれるのかが気になるところ。

おもしろブック編集者に海徳が「集英社さんは週刊誌ださんの?」と聞いたり、冒険王編集者としてカベさんが名前だけ出てきたり、後々の時代への伏線をにおわせてドキドキするものがちらほら出ているので、このまま海徳にはマンガ家としてしぶとく生き延びてもらい、ジャンプ、チャンピオンの時代まで手塚先生を追跡(チェイサー)していってほしいものです。
わーい
テヅカごと  2013/10/06(Sun)23:03

来年10月12日にオンリー開催決定ですよ!
久々のオンリーですよ、ワクワクですよ、わーい。



仮始動とのことですが、とりあえず喜びのバナーぺたり。
「マンガのちから」展と「漫画少年」展
テヅカごと  2013/08/23(Fri)03:31

「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」展@東京都現代美術館
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/145/2/

ようやく行ってきました。東京都現代美術館に行くのは、1998年の「マンガの時代」展以来だったかも。
たしかあのときは、マンガの「時代」の恐らく過去と未来を象徴するものとして、ポスターのメインビジュアルは、アトムがエヴァの綾波と並んだ図。
そして今回は、マンガの「ちから」の象徴ということで、ポスターに使われていたのは、サイボーグ戦士たちに面白いほど違和感なく溶け込んでいるアトムの図。

同じ美術館で、同じくマンガがテーマの展覧会で、同じキャラを用いても、それに対するアプローチや組み合わせの違いが見えてくるのが面白く、こういう公共美術館におけるマンガメインの展示も着実に回数と歴史を重ねていることを、まずしみじみ感じたのでした。


で、展示内容ですが。

はあああああ、やっぱり原画はいいなああああああ(ため息)
……と、その一点だけでもう既に大満足大歓喜大乱舞。放っておいたら猿田博士が突き飛ばして壊した娘ロボ並みにアイシテルアイシテル言い続ける勢いですよ。

前にも書きましたが、手塚先生のペンの走りやホワイトの入りやベタの塗りの跡が見られる原画こそが、手塚マンガ体験をリアルタイムで味わえなかった世代にとっては、先生が実在して生きていたときの息遣いを最も間近に感じさせてくれる媒介、もしくはタイムカプセルのようなものなんですよね。
手塚関連イベントが幾度あろうと、そのたびに巡礼者のような気持ちでいそいそと出かけてしまうのは、そこに原画があるからこそ。

今回は特に、このご時世によくぞ……と思うと勇気に泣けてくる『やけっぱちのマリア』、二色塗りの跡が見られて嬉しい『0マン』、カラーがかわいい学年誌版『ユニコ』、ほかにも『ふしぎな少年』など、こういう展示では割と珍しい作品が出されていて、お得感があり嬉しかった!
個人的には、『0マン』のあの原稿が、“カタストロフ後の世界を行く少年少女”萌えという自分の狭い部分の嗜好を決定づけたシーンの原稿でもあったので、これを選んでくれた学芸員さんには本気で両手を握ってお礼を言いたいです。
(破壊された0マンの国で会議の結果を待つリッキーたち子供組3人の後ろ姿が、背中の線の丸みといい、シッポのもふもふした角度の微妙な動きといい、切なさと悲しみと子供特有の柔軟なたくましさをも感じさせて、本当にここのあたりの絵が大好き)


そしてまた、事前にも目玉の一つとして宣伝されていた新発見の未発表原画が、どれもすばらしかったです。初期厨の私ガッツポーズ。
ああもう、何で初期手塚作品の線はあんなにきれいで柔らかくておいしそうなんだろ。

独断と偏見と失礼なのを承知で言いますと。
戦前に思う存分オタクを満喫していたおたむ青年が、戦争で己好みのコンテンツが燃え尽きちゃったところで、俺好みの作品がないならば俺の手で自家発電してやるんだあああっとばかりに描いてしまうオットコ前なオタクの鑑精神が、手塚マンガの特に戦後すぐの初期作品には強く感じられるのです。

それはストーリーだけでなく絵も同じで、自分好みの絵を自分で好きなように描ける才能と楽しさが、線一本一本からウキウキとにじみ出ているように見えてならない。

今回、未使用原稿が出されていた『有尾人』も、どうせこれ描き版で印刷されちゃう(職人が筆で原稿をトレスして版下をつくる印刷方法。特に『有尾人』単行本はトレス職人さんの個性が強い)というのに、何でこの人こんな丁寧に楽しそうに隅々まで描き込んでるの…と、見れば見るほど、おたむ青年の楽しそうなオタクっぷりがじわじわ来ました。

(石ノ森先生の『墨汁一滴』の気が遠くなる手書き文字の密度にも同じものを感じた)


あと、ちょっと面白いと思ったのは、未発表に終わった、もしくはボツになったこれらの原稿のネタが、後の作品に幾つか使われていること。
(『浮漂島』の「女へんに男」という名字ネタ→『ハリケーンZ』)
(『噫それなのに』傾聴してる客が実は…ネタ→『珍念と京ちゃん』『ロック冒険記』)

そういえば昔、1995年の手塚治虫展で『幽霊男』が初公開されたときにも、そこに『ロック冒険記』や『メトロポリス』『地球の悪魔』のネタが含まれているのに気づいて、思わずにやにやしてしまいましたが、先生の未発表作品には割とこういうのが多いかも。

アイデアはバーゲンセールするほどあるんですなんて名言をぶち、またそれが事実であるのも確かなんでしょうけれど、その一方で、こういうふうに一度は思いついたネタを無駄にはしないリサイクル精神を地味に発揮しているところも、先生のかわいいところなんだよなあなんて思ったのでした。

 +

さて、今回もう一つ展覧会の目玉だったトキワ荘の再現なんですが。
これは本当に思った以上に良かったです。再現そのものにじーんと来るのはもちろんなんですが、展覧会全体の中での位置づけという会場構成の意味としても。


再現された両先生の部屋を見てまず思ったのは、何てシンプルなんだということ。

机と本棚と出前のドンブリだけで殺風景な手塚部屋。
本だけでなくレコードにステレオ、部屋じゅうの長押にぐるりと配置されたマッチ箱コレクションなどがごちゃごちゃ置かれた石ノ森部屋。
そんな違いはありますが、しかしどちらも部屋を構成するすべての要素が、ただひたすら「マンガを描くこと」、その1点のみに向かっているのは明らか。

手塚先生がトキワ荘メンバーに言ったと伝わる「一流のマンガを描くためには、一流の本、音楽、映画を見なさい」という言葉。
もしくは、つのだじろう先生が一度はトキワ荘メンバーを不真面目だと怒ったものの、その“遊び”こそが創作の肥やしになっていたのだと考え直したエピソード。

おなじみのこれらの話も、裏を返してみれば、
直接マンガを描く以外に用いる人生のリソースも全てマンガを描くことに還元させる
という、ある意味で狂気に近い一途さにほかならないわけでして。
何て力強くシンプルで、簡潔明瞭で、そしてどこまでも強欲で貪欲なマンガ熱。

このトキワ荘の小さな四畳半の小宇宙にその熱が渦巻いていたんだなあ……と、不完全ながらもじわりと伝わってきて、ちょっとぞくっと空恐ろしいものすら感じました。


そして、この再現トキワ荘がただのオブジェだけではなく、展覧会の第1部と第2部を結ぶ“通路”としての役割も担っている会場構成がまた面白かったのです。

両先生のアマチュア時代からデビュー間もない時期のあれこれが展示された、順路初めのプロローグと第1部。
そこから再現トキワ荘の薄暗くてやや狭いギシギシ鳴る廊下を通り抜けると、急にぱっと照明もしらじらと明るく視界が開けて始まるのが、メディアミックスも含めてのお二人の代表作があふれるにぎやかな第2部。

まるで、第1部までに展示されていた上述の未発表原稿や『墨汁一滴』ににじみ出ている心底楽しげなオタク熱、そして参考展示されていた当時のアメリカン・コミックや赤本、洋画から貪欲に吸収していたであろうものを、トキワ荘での青年時代というほの暗い胎内のような鍋の中で煮詰めて、こねて、昇華させた末に、あの廊下を通り抜けて産まれ飛び出していったのが、「爆発するマンガ時代への挑戦」と題された第2部で展示されている作品の数々のように思えてならず、この順路の構成には、歩いていてちょっとグッと来るものがありました。

だからこそ、展示の最終部分近くにあった石ノ森先生の「萬画宣言」に書かれている
「萬画とは、森羅万象―あらゆる事物を表現できる万画なのです」
という言葉はつまり、自分が見聞きし触れたあらゆるもの、「森羅万象」を傲慢なほどの貪欲さでマンガに取り込み飲み込んでいったお二人の軌跡でもあるのだなと、何とも言えない気持ちがこみ上げてきて、その展示の前でしばらくじっとたたずまずにはいられなかったです。

本当に、順路の最後にはただただ素直に、そうやってたくさんの作品を残してくださってありがとうございましたというシンプルな思いでいっぱいになったのでした。

 +

そんな感じで面白い順路構成だっただけに、ちょっと心残りだったのが、一番初めの『新宝島』のところ。

ここで『新宝島』冒頭を一部立ち読みできるようになっていたんですが、それが1947年のオリジナル版ではなく、1984年の講談社全集版のほうだったんですよね。
うーん、これはできればオリジナル版のほうは使えなかったんだろうか。

オリジナル版は厳密には酒井七馬先生との合作ですし、近年の復刻版でも著者が連名になっていたので、こういうところで使うにもいろいろ難しいのかなと想像してみたんですが。
けれど、もしそうだとしても、1947年当時の子供たちが実際に熱狂したのは、講談社全集版ではなく、あくまでもオリジナル版のほうだったのだから、何とかしてそちらを読めるようにしてほしかったなあとちょっと思う。
『新宝島』オリジナルに関する研究と議論が、ここ十何年かマンガ研究者さんたちの間で熱心に進められてきたことを考えても、そう思うのです。
(個人的に講談社版よりオリジナルのほうの絵が好きというのもあるけど)

一応、『新宝島』、そしてお隣に展示されていた初期SF3部作については、原画の横のキャプションで、この原画はオリジナル版ではなく、後に全集収録のために描きなおしたものだという解説が付されていました。
ですが、オリジナルとさほど変わらない内容で全集用の原稿が描き起こされた初期SF3部作とは違い、『新宝島』は絵もコマ割りもオリジナル版と講談社全集版で大きく変えられている作品なんですから、やはり立ち読みを全集版にしてしまうのは、ややこしかったんじゃないかと。

実際、今回の展示に行く前、某BSの美術館番組でこの展覧会が紹介されていたんですが、これが当時のマンガ少年たちを熱狂させた『新宝島』だよ!ばばーん!という流れから、お笑い芸人さんたちがこのコーナーで立ち読みし、クローズアップの連続コマや瞳に映る犬のカット(※いずれも講談社全集版だけで、オリジナル版にはない)に、おおーすげーと感動するという内容になっていたのです。
オリジナルと全集版の説明を省くために番組構成上わざとだったのかもしれませんが、『新宝島』の歴史的意味を言いつつ、講談社全集版のほうがまるで当時のオリジナルとして誤解されかねない流れには、いやいやいや違うからね違うんだからね!とTVの前で言いたくなったり。

というわけで、実際に展示に来て見ても、ここがちょっと気になったのでした。


同じ意味で気になったのが、『ジャングル大帝』のキャプション。
展示されている原画は明らかに後年の単行本化の際の切り貼り描きなおしをされた部分でしたが、キャプションには具体的な年数は1950〜1954年連載としか書いていなかったので、せめてこの原画は何年の単行本化作業のときのものだと説明を入れてもらいたかったなあ。

だって、ここは単行本で見ても、ケン一の顔があからさまに違うんだもの。オリジナルの初期ケンちゃんと後期ケンちゃんとで、線の違いが丸わかりのところなんだもの。

今回の展覧会が、第1部で初期ケンちゃん満喫できるところから始まり、第3部では『B・J/二度死んだ少年』のやさぐれケンちゃん原画が1話分まるまる展示という、実はこっそりと盛大にケン一くん祭りひゃっほーでもあったので、このあいまいさが余計に目立って見えたのでした。

 +

とはいえ、展覧会のタイトルがあくまでもマンガの「ちから」であって「時代」ではない以上、そういう細かい年代の話よりも、第3部で各作品をテーマごとに並べた展示のほうが、企画者側にとってはメインだったのかもしれないですね。

ここは、短編の1話まるごとや、長編でもある程度の長さで原画を連続展示しているものも多かったせいか、原画を見るというよりも熱心にマンガ読んでいる、特に子供たちが多かった印象。なので、この並べ方はなかなか良かったかも。

自分が行った日がお盆休みまっただ中だったせいか、ここ最近の手塚関連イベントの中でも特に客層が広く、明らかにリアルタイム世代の方から、若いカップル、外国人の人も多かったですが、何より子供が多かったのです。同美術館内の上の階で、夏休みの子供向け展示が開かれていたのも大きかったのかもしれない。
今の子供たちには、仮面ライダーがいるー!というほうが大きな誘引力かなーと思っていたんですが、学芸員さんに注意されるぐらいガラスケースにべたっと手をついて『モモンガのムサ』原稿を熱心に見上げている子とか、『鉄腕アトム/人工太陽球の巻』端から端まで真剣に読みながら移動している子とかを見たら、もう、ね……涙が出ちゃうわ。


そんなわけでほっこりしつつ、いやになるほど充実した物販で緩みそうな財布の紐にひやひやしつつ、会場を後にしたのでした。
(くじ運ないのであえて買わなかったけれど、トレーディングカードがやっぱり気になったなあ……初期作品のカード集がすごく素敵だった。小市民な己をちょっと後悔)


 +


さて、やや足早気味に手塚×石ノ森展を後にして、次に向かった先がこちら。

「漫画少年」とトキワ荘の時代〜マンガが漫画だった頃@森下文化センター
http://www.kcf.or.jp/morishita/event_detail_010200400104.html
http://natalie.mu/comic/news/96308

東京都現代美術館から橋をわたって徒歩10分程度のところで、こんなどんぴしゃりの展示をやっているとか、もう行くしかないだろ…!と。

そして、これは本当にがんばって行ってよかった。
日傘を差しつつ、ひいひいと高温注意報下の都内を歩いたかいがありました。


今回の展示は、トキワ荘メンバーのお一人、永田竹丸先生のコレクションを中心にしたもので、『漫画少年』全101号が一堂に会するのは初めてだったそうです。
そんなすごい展示が入場無料とか、何というオットコ前!太っ腹!

ちょっと余談なんですが、展示の初めのあいさつ文に記された協力者のお名前の中に、みなもと太郎先生のお名前を発見。
ここ最近、昔のマンガ家さんの復刻・再評価のための活動などで、みなもと先生の名前を見ることがときどきありますけれど、そういう活動の一方で、この人は現役でマンガを描かれて、単行本続刊中で、コミケにも出て、しれっとまどマギパロを自作で描いたりしてるんだよなあ……と、自分の中では、戦後マンガの過去と現在をリアルタイムで地続きに結びつけている方のお一人でもあるので、そのお名前を同じく自分の中では伝説だった『漫画少年』を見られる場で拝見して、ちょっと嬉しい気分になったのでした。


で、その『漫画少年』101冊全揃いなんですが。
いやはや、これはもう壮観だった圧巻だったすごかった……!
あああ、この本にあの方やあの方やあの方が連載し投稿し夢を馳せていたのか……!と、ガラスケースにべったり張り付きながら、何度も何度も往復してしまいました。


今まで、関連本などで知識としては知ってましたけれど、実物を見てやっと実感できることが数多く。

並べられた各号の表紙の雰囲気や、噂の“まる子さん”通信などで、家族経営で必死に、そして大事に大事につくられた雑誌だったのが伝わってきてじーんとしたり。

ある号の巻末の編集後記で書かれた、世に吹き荒れるマンガ俗悪論への苦言と反論に、今と変わらぬ悔しさ、理不尽さ、そしてマンガへの思いを感じたり。

東京都現代美術館の展示で、『漫画少年』創刊号に載った加藤編集長の熱い創刊の言葉を読んできた後なだけに、涙が出そうになるところもしばしば。

中期ごろまでは、今の感覚からすると、これは雑誌というより小冊子では?というぐらいの薄さで、実際に見ると本当にびっくりしますね。
これを見ると、『ジャングル大帝』の毎回8ページから16ページという連載ページ数が、いかに破格の扱いだったのかということが、やっと現実的な重さを持って理解することができました。
漫画少年版『ジャングル大帝』は、自分の手塚ファン遍歴の中でも本当に夢中になった作品だったので、こんなにすごい作品を大型連載する英断をしてくださって加藤編集長ありがとう!と時空を超えて言いたい。


『漫画少年』表紙のほかにも、永田竹丸先生の原画など含め、当時の常連投稿者さんたち、後の常連マンガ家さんたちとの企画ページなどもちらほら見られたんですが、本当に、才能を持った人たちがマンガへの夢を持ちながら、わいわいと切磋琢磨していたんだなあーというのが伝わってきて、これも東京都現代美術館で『墨汁一滴』や再現トキワ荘を見てきた後だけに、相乗効果でじーんと来ました。


派手さもなく静かだけれど、一つの時代の礎を築いた先人たちの熱さがふつふつと伝わってくるような良展示だったと思います。

会期が9月1日までなので、気になる方はぜひぜひ行ってください。行ってほしい。
そして、ついでに『「漫画少年」物語―編集者・加藤謙一伝』も入手できる人はぜひどうぞ。(マンガ史的な意味でも面白い本ですけれど、一人の男性の清冽な生き方という意味で、いろいろ細かいことに疲れて気分がささくれたときにこれを読むのをマジでおすすめしたい本)

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ところで、森下文化センターには今回初めて行ったんですが、もっと早く行っておけばよかったー!とすごく後悔。

のらくろゆかりの地の施設ということで、のらくろ関係に常設で力を入れているようなんですが、のらくろに寄せられた数々のマンガ家さんたちの色紙の中には、手塚先生(このアトムとのらくろの絵、何かに収録されてた気がする)から、藤子先生などおなじみの方々はもちろんのこと、辰巳ヨシヒロ先生に巴里夫先生、さらには学習マンガ好きにはたまらない、よこたとくお先生、田中正雄先生、内山安二先生の色紙まであり、うひょー!何という俺得!となりました。

そして、図書スペースもあったんですが、公共施設のくせにマンガ関係が驚くほど充実していたんですよ……ここは漫画喫茶かというぐらい……。トキワ荘ゆかりの方々のマンガだけでなく、最近のマンガもかなり豊富にあった印象。マンガのほかに関連書籍も結構なスペースとって取り揃えていたなー。割とマニアックな本もあったかも。
時間がなくざっとしか見られなかったのですが、今度じっくり時間をとって来たいと本気で思いました。また次に何か面白い展示やらないかなー。
半径数十メートルからのファンタジー
テヅカごと  2013/08/05(Mon)02:21

『ブラック・ジャック創作秘話』実写ドラマの情報が出てきました。
http://natalie.mu/comic/news/96228
http://www.ktv.jp/info/press/130801.html

おおう、随分ときれいどころからキャスティングが来た。
すいません、原作の絵柄的にもっとVシネ的俳優さんなんじゃないかと思ってました。

これはつまり、原作のあの暑苦しい手塚先生を暑苦しい役者が演じたら、本当に暑苦しくて大変なことになっちゃうので、せめて中の人のパブリックイメージ(爽やか草食系)で、お茶の間に届けるハイビジョン映像を緩和しようという狙いなのかしらん……
と、キャスティングの意図を考えてみるものの、いやいや、この原作に関しては思いっきり暑苦しくやっていいのよ、むしろそういう暑苦しいドラマをこそ見たいんだけどね!と、暑苦しいのゲシュタルト崩壊に陥りつつ、このキャストでの手塚先生をぐるぐる想像しています。

とりあえず、風呂桶片手に爽やかに実家まで逃亡するオサム青年までは、すんなり脳内で3次元化できたんですけれど、ドラマでやるであろう70年代の無精ヒゲと汗にまみれてスネ毛むき出しのおっさんオサムに関しては、アイドル事務所的に大丈夫なのだろうかとちょっと心配になってしまう。
(同事務所の後輩さんたち主演で永島慎二先生のマンガを映画化したときは、無精ヒゲにステテコで本当にひどい格好もしていたので、ある程度やってくれるとは思うけど)

とはいえ、実際に見たら、素人が勝手に心配してマジすいませんでしたあああ!と土下座したくなるドラマはよくあるので、役者さん(とメイク)の本気に期待しています。


個人的には、キャスティングよりも気になったのが、ここ。

>現代の新米編集者が往事の手塚治虫のもとにタイムスリップしてくるという、
>ドラマオリジナルのストーリーが展開される。

……え?オリジナル?というかタイムスリップ?

ううーん、引っかかる。実に引っかかる。

なぜそこに引っかかるかというと、数年前にあった、この手塚マンガリメイク作品をついつい思い出してしまったからなのです。
こちら→『サファイア リボンの騎士』

この『リボンの騎士』リメイクが、どういう作品だったかというと。
舞台は現代よりちょっと未来の東京、サファイヤはフツーの女子中学生。
それがある日、ふしぎな力に目覚めて、魔法少女チックな“リボンの騎士”に変身して戦うことになっちゃった!えええ私どーなっちゃうのおおおー!?というあらすじ。
(※この「どーなっちゃうのー」は実際に予告にあったセリフ)

これの連載当時、読んだ人の感想についていろいろと検索していたんですが、その中で、どこで見たのか忘れてしまったものの、印象深い言葉がありました。
曰く、現代の少女向けマンガは、読者の半径数十メートル以内が舞台でなければ共感を得られない、と。

これには恐らく異論があると思いますし、実際に現在連載されている少女マンガにも現代舞台モノ以外の作品は複数あるので100%正解ではないんでしょうけれど、なぜわざわざ『リボンの騎士』を現代設定に改変したのかという疑問に対して、「なかよし」という媒体と併せてみて一番納得のいった理由が、これでした。
あくまでも受け手の少女たちの問題ではなく、送り手側の認識の問題として。
実際、サファイヤはあなたと同じフツーの日本の中学生なんだよ☆応援してあげてね☆と読者に向けて発信しているように感じられることが、しばしばありましたし。


ただ、リメイクで設定を現代に置き換えるというのは、よくある方式なんですけれど、この作品に関しては、サファイヤを現代の女子中学生にして、しかもサファイヤの持つ二面性が、男女の心を2つ持つ“性別越境性”ではなく、魔法アイテムで変身してオンオフの姿を使い分ける“魔女っ子特性”になった時点で、『リボンの騎士』のリメイクである必然性がよく見えなくなってしまった作品だったんですよね。

もしも仮に、読者の共感を得るため、もしくはファンタジー物語への橋渡しにするため、サファイヤを高貴な王女兼王子様ではなく、読者に近いフツーの女子中学生にしたのだとしたら、上述した『リボンの騎士』のリメイクである必然性を覆い隠してまで、それは重要視しなければいけない要素だったのかなーと今も思えてなりません。
『リボンの騎士』のような架空欧州ファンタジー、あるいは水野英子先生の『白いトロイカ』や24年組のギムナジウムもの、もしくは同じ日本でも大正時代の『はいからさんが通る』のように、読者の日常から全くかけ離れた物語が連載され、熱狂されていた時代の女の子と、現代の女の子たちとで、感受性がそこまで変わったとは、正直思えないですし。


もちろん手塚先生自身、『鉄腕アトム/赤いネコ』の前書きマンガで、物語の舞台が読者からなじみうすいものになってしまい過ぎないよう、読者が親しみを持てるよう、現代の日常のものをわざと織り交ぜて描くことが、SFマンガの描き方の一つだと挙げています。
ローカルな田舎風景と壮大な宇宙スケール裁判が、地続きでつながっている『W3』なんかは、その織り交ぜ方のまさに最高傑作の1つ。

とは言うものの、初めから物語の構造に組み込まれているそれらと、物語内に導入するために建物の外に建て増しされた扉のような、これらサファイヤ女子中学生化やタイムスリップ設定とは、また別物なんですよね。


ドラマの企画意図として、公式ホームページには

>“モノづくりの面白さ”がココにある。

>“手塚治虫の生きざま”を通して、見えるものとは…!?

とあるので、「実は漫画になんてこれっぽっちも興味がない」という設定のタイムスリップ編集者が手塚先生の熱意を見て、それを感じ、学び取って成長していくストーリーになるであろうことは容易に想像できる。

しかし、その「モノづくりの面白さ」「手塚治虫の生きざま」という当時の熱気を物語の中で視聴者に伝えるのに、オリジナルの登場人物によって“現代人の目線”というわかりやすいフィルターを作品世界の中に直接はめ込まなければ、それは画面の外まで伝え切れないものなのかしらんとちょっと疑問に思えてしまうのです。

それこそ大河ドラマや、もしくは近年多い『三丁目の夕日』『官僚たちの夏』のような昭和時代モノのように、純粋にその時代を描くだけで十分できないのかなー。


というわけで、今回のドラマの「タイムスリップしてくる新米編集者」という設定に、かつてのあのサファイヤ女子中学生化と似たものを感じて、心がざわっ……となってしまったわけなんですが、それがどうか杞憂でありますように。
“現代人の目線”というフィルターによって、やけに滅菌消毒されたドラマにならないことを願います。“現代人”の半径数十メートルの目線からしたらあまり理解できない、正直ドン引くぐらいの毒の部分にこそ、このマンガの面白さと熱気の根本があると思うので。

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個人的に『ブラック・ジャック創作秘話』は、手塚先生すげえ!やっぱり神!と称賛して読むマンガという以上に、創作者のどうしようもない業、圧倒的に巨大な“天才”の熱気に当てられ振り回される“凡人”の幸不幸と悲喜劇、それら全てが狂気すれすれのところをうねるような熱気として駆け抜けていった時代への追憶という部分のほうに、より心惹かれつつ読んでいます。
なので、その辺をあんまり美談か模範か何かのように見せてしまうのも、現代からタイムスリップしてきちゃった社会人1年生さんには、新人研修としてちょっと刺激が強すぎるんじゃ……とハラハラしてしまう。

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とりあえず主要キャスト2人が発表されたので、次は、3巻きっての愛しキャラだったアクツさんのキャスティングを早く早く。






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