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 テヅカオタクの楽描きと語りとメモ
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11月3日/手塚治虫アカデミー 覚書メモ 
テヅカごと  2008/11/03(Mon)21:48

手塚先生生誕80周年記念の企画サイト様に投稿しました 手塚先生、生誕80周年です。

この日があるのは、自分を含めた沢山の人々が、いかに自分が手塚先生のことを好きなのかっということを再確認するためにあるんじゃないかと、ここ数日のお祝いムードとめでたき事の数々(まずはオンリー決定&サイト開設・祝!)に、そう思えてなりません。
というわけで、今年もやっぱり大好きです。
アトムの年齢を過ぎても、手塚先生がデビューされた年齢を過ぎても、そして、いつか先生が人生を閉じられた年齢を過ぎる日が来るときにも、いままでもこれからも、ずっとずっと大好きです。

佳き日と、そしてこの日に至るまでにも沢山のものを下さった
手塚先生に改めて感謝を。

ただそれを書きたかっただけです。大好きです!ありがとう!

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(11/08追記)

お誕生日に聞いてきた手塚治虫アカデミーがすごく面白いシンポジウムだったのと、誕生日に聞いてきた記念で、記憶の薄れないうちに自分のためのメモ。(倉庫という存在意義を思い出したように)

話があっちこっち飛ぶ過程も面白さの一つだったので、ノートをほぼそのまま文字に起こしています。整文はあまりしていません。

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==== 手塚治虫アカデミー ====(2008/11/03)

【2.アトムの時代 〜SFか科学か】

■まずは話のマクラ的に、先生の誕生日エピソード

▽眞さん
 生前は本当に忙しくて、なかなか誕生日も祝えなかった。
 たまにむりやり時間を作って祝える時には、自分の誕生日なのに
 自分で店を決めて予約して、家族を連れて美味しいものを食べさせる。
 そうして皆が喜んでいるのを見るのが好きだった。とにかく気遣いの人だった。


■シンポジウムの開始、導入部

▽眞さん
 先日、フランス人の監督と話したときに、
 日本のロボット技術者と話すと皆がアトムのことを口にする、
 1つの作品、1人のクリエイターがここまで影響を与えるとは
 すごい!と言われた。
 本当に、1つのマンガがここまでの影響を科学技術に与えてきたのか?
 マンガ・アニメへの影響は当然として、SF(現実に近い方の)、技術に
 対して本当はどうだったのか? ―それを今回は検証していく。


■まずは、パネリスト4人が「手塚マンガとの出会い」について

▽富野由悠季さん
 ほかの3人が客観的な部分は語ってくれると思うので、僕は
 アトムの制作に関わった当事者としての話をしようと思う。
 
 ◎出会いと子供時代
 小学3、4年まで出来の悪い子で、活字=小説も絵物語もだめだった。
 しかし小4の時に「アトム大使」に出会い、やがて「鉄腕アトム」が開始。
 初めて印刷媒体を好きになる。中学いっぱいまで、アトムだけが唯一の
 作品名と作家名が繋がる、たった一つ好きなものだった。

 アトムだけが好き。何なのか?このマンガは…と疑問。
 貸本屋で同じ作者のSF3部作を借りて読んでみる。
 マンガで長い物語を語れるのだ、と初めて知った。
 特に「来るべき世界」は世界一の名作だと僕は思っている。
 (※ここでアニメ版の「フウムーン」に関しては、
   「バカなスタジオがバカなアニメにしやがって…」と富野節)


 ◎教えられたこと
 戦争に負けた国でも、こんなものを描く作家を出すことが出来る!
 僕にとっては、ノーベル賞の湯川博士よりも、平泳ぎ新記録の古川よりも
 「絶望しなくていい」と教えてくれたのが、SF3部作とアトムだった。

 ◎虫プロ入社後の話
 しかし、すべてを愛せたかと言うと、そうではないことが
 虫プロに入ってみて分かった気がする。 ※この辺も富野節全開で客席から笑い
 本人はとにかく、とんでもない人だ!ということを知った。
 とんでもない=日々の努力が凡人のレベルではない。
 果たして、努力が先なのか天才が先なのか…。
 1日2,3時間の睡眠でも次の日にめいいっぱい働き、そして
 そんな状態でも、あの優しい笑顔をしてくれる。 ※「笑顔」を何度も強調

 すごい人のそばで仕事をした。
 だが、TVシリーズの演出(実はモノクロの演出本数は1番多い)では、
 汚すことしかできなかった…と、30年経った今でも思う。


▽荒俣宏さん
 自分のように手塚マンガのすべてを偏愛してきた者には、
 今の富野さんの話は面白い。

 ◎子供時代―マンガ家志望
 小さい頃、「ジャングル大帝」の単行本を抱いて寝るほど好きだった。
 偏愛が高じて、小学校時代に将来はマンガ家になる!と決意。
 手塚マンガの絵はとにかく真似しやすい。それは背景もそうだった。

 背景が、他のマンガと全く違う。
  例)・未来のビル―30階建てならそれだけ窓を描けばそう見えると、模写して気づく。
       ※1行、窓をすべて描いたら、後は点々に…と、細かく解説
    ・海―黒い油が浮いてるような点々で波の反射を描く。これぞ海!という感じ。

 出版社に持ち込んでは「なかなかいいね、…じゃあまた次回作で」と
 言われて(騙されて)十数作。大学生までそんな事をしていた。

 ◎雑誌「少年」
 日本のメジャーなロボットものとして、ショーケースのような雑誌だった。
  鉄人28号 / アトム / 江戸川乱歩
    ↓      ↓      ↓
  グロテスク  かわいい   被り物のようなまがい物まで
 大体のパターンがここにあった。日本のロボットものの原風景。

 よく友人たちと、どれが好きか論争になっていた。
 だが、実はロボットよりも一番好きだったのは、
 人工生命であるキマイラ。(小1から読み始めた赤本から)
 しかし、その印象は昔から「ちょっと怖い」。
  ※「ファンの方なら分かると思うけど…」と。はい、超同意!
 生命とは何か?という問題を、手塚マンガから学んだ。

 当時、もっと暴力的で血が飛ぶような刺激的なマンガは多くあった。
   ※貸本の劇画のこと?
 学校に持っていけば、それらのマンガと同じく手塚マンガも取り上げられた。
 マンガを持つことは、”罪”だった。―何故か?

 それは、大人の目線があるから。

 中学校時代、昼は工場で働きながら夜はマンガを描いていた。
 早く大人になりたかった。マンガ家になりたかった。
 マンガとは、大人へと踏み出す第一歩だった。

 マンガには真実が描かれている。
 大人たちにとっては都合が悪かったのだろう。
 だから”罪”だったのではないか、と思う。
 

▽大森一樹さん
 自分と手塚先生との関係と言えば、映画「ヒュポクラテスたち」にゲスト出演して
 いただいたことがまず挙げられる。
 よっぽど親しいのかと思われるかもしれないが、そうではなく…。

 ◎手塚マンガについて
 今、読むと質・量の高さを歴史的な意味で感じるが、
 当時、リアルタイムのことを思うと、別の考えも。
 
 「マンガなんて」と言われても「でも、こんな偉い人も描いてるよ!」と言えた。
 手塚先生が医学博士でなかったら、マンガは潰されていたかもしれない。
 姑息な考えだが、これもまた日本の風俗文化の一面。

 ちなみに自分の父親は、手塚先生の大学の先輩。
 「手塚治虫は医者になってからマンガ家になった。お前もまず医者になれ」
 と言われた。と言いつつ自分は医者から映画監督になったのだが…。

 手塚先生が医学博士であったことによる、文化としての底上げ、
 教育効果というものは大きかったと、身に染みる。

 ◎手塚マンガとの出会い
 子供時代、1誌だけ買ってもらえるという範囲の中で…
 月刊誌時代→「少年画報」 (アトムが載ってたのは「少年」)
 週刊誌時代→「マガジン」 (手塚マンガが載ったのは「サンデー」)
 そうしてやり過ごしてしまったので、出会いはアニメからだった。

 TVのアトムが始まる日、チャンネルを取られないように
 何時間も前からTVの前に陣取っていたのを、今でも覚えている。

 マンガに出会ったのは70年代から。
 医大浪人時代に「きりひと讃歌」。
 医大入学後に「B・J」。読みながら医大生をやっていた。
 そして「火の鳥」未来編、宇宙編…など

 あのキューブリックが手塚先生を美術監督に誘った話に
 大いに影響された。

 
▽石上三登志さん
 大森さんと同じく、自分も父親が医者。
 但し、ウチは余り儲かっていなかったので、継がなくて良い雰囲気だったが。
 ちなみに、僕たちの仲間で手塚狂いの大林監督も父親が医者。
 何か関係があるのか…。

 さらに余談だが、先ほど話の出た荒俣さんのマンガ。
 これは非常にうまい。ただし、背景に懲りすぎている。
 印刷技術をいっぱいいっぱいに使う絵になっている。

 ◎出会いと子供時代
 疎開していた田舎で、仲間に借りたマンガに入っていたのが「新宝島」。
 赤本は大阪から出されていて、こちらの普通の本屋には売っていなかった。
 手に入れるとすれば、貸本屋か、祭りの夜店か、かっぱらうか。 ※ここでどっと笑い
 あんな田舎で手に入ったのは、よっぽど運が良かったと思う。

 あまりに面白いので、同じ作者の本を探すがなかなか見つからない。
 1年後、学校に入り仲間と情報交換して、やっと「魔法屋敷」を借りられた。
 それこそ野越え山越え…で借りに行った。

 成長してマンガを読まなくなっても、手塚マンガだけは別だった。
 新刊を買いに行って、電車で読んで笑われたことも。
 ※「特に笑うのは若い女性なんですよね…」とな。
 
 何故、こんなにもこだわり続けるのだろう?
 ずーっと、こだわり続けたまま大人になってしまった。

 ◎手塚マンガの魅力
 こだわったまま大人になり、改めて手塚論を書いた。
 (丸々1冊手塚論という本は初めて!)
 この本は今まで4回出版され、そのうち2回のタイトルは「奇妙な世界」。

 手塚先生のあの個性は「奇妙」としか表現しようがない。

 今から逆に思うと、「新宝島」から辿って来た手塚マンガの魅力とは…
 →・手塚マンガには”ドラマ”があった
  ・とにかく”絵”がカッコよかった
    可愛くてカッコよくて、誰もが真似したくなる
     ※石ノ森、藤子…あの白土三平も初期は手塚タッチだったんですよ、と例挙
    そうして、この国のマンガ風土を変えてしまった

 ⇒”ドラマ”と”絵”。この2つが今日のテーマとどう関係してくるのか?


■いよいよ本論突入―まずはスライドから

▽眞さん
 「アトム」は今までに3回アニメ化されているが、意外と原作は読まれていない。
  ※司会の珠緒さんも、グッズは可愛くて買っているが原作は未読、と。

 あの可愛い絵で、一体何が語られていたのか?

 SF(当時は空想科学マンガと呼ばれていた)の、
 「アトム」に至るまでの手塚作品をまず見ていく。


◎スライド:「ロストワールド」 ※ママンゴ星に到着して降りる見開き2頁

 ▽眞さん
  地球そっくりの星で、しかも恐竜時代というママンゴ星のこの発想は、
  この前のマンガには無かったのではないか?

 ▽石上さん
  手塚以前のマンガにおいて、SFはあくまでも”小道具”だった。
  SFが”ドラマ”になっているのが、手塚マンガの最高の魅力。

◎スライド:「メトロポリス」 ※クライマックス、ビルの決闘の見開き2頁

 ▽眞さん
  この人工生命のミッチィは、ファンの間ではアトムの原点とも言われている。
  だとすればやはり、アトムは人工生命で、ロボットを超えた存在なのか?

 ▽荒俣さん
  こんなもの、今まで見たことが無かった。大変驚いた。
  人工生命が非常にセクシー。何と言ってもこんなに足を出している。
  例を挙げれば、「少年ケニヤ」の少女ケイトのような…。
  ※富野さんがそれを聞き、言いたい事があるが次に言う、と思わせぶりに笑い。

◎スライド:「来るべき世界」 ※暗黒ガスの中、ピアノ演奏〜2国和解までの見開き2頁

 ▽富野さん
  この作品のポポーニャという娘の、金髪で上半身は下着で短パンという姿、
  これがスゴイ。
  物語の最後まで彼女に惹きつけられ、彼女がどんどん堕ちていく姿に涙した。
  そしてあのラスト。作家って汚ねえ!ポポーニャを何とかしてくれ!と。

  このフィーリングは、さっき石上さんの言った「奇妙」さに通じる。
  そういえば…手塚先生のあの優しい笑顔は何だったのだろうか?

  宝塚的な女性表現。
  本能的にバイセクシャル的な表現を、何のてらいも無く描いていく。
  そんなもの、60年前の、しかも子供マンガに普通入れるか?

  本能的に=医者として、動物・人間に通底するものを描きたかった衝動だったのか。

  …僕は10年くらい前からやっと、ポポーニャへの思いをこうして語れるようになった。
  あんな、たかがエロマンガのくせに!悔しい! ※富野節エンジン全開。客席大喜び
  
   ---ここから何故か”エロ”話に流れていきます---

 ▽石上さん
  「ロストワールド」は、今見れば確かにエロマンガだ。
  エロと言っても、大人の言うエロではない。
  裸だからか?裸なんて母親のを見てるんだから子供には関係ない。
  もっと違うものを、子供たちは感じていた。

 ▽荒俣さん
  僕は東京の下町で育った。
  2号さんや、昼間から化粧ばかりしている不思議な女性がいるような界隈。
  そんな子供としての”女”への関心が手塚マンガを読むことと繋がっていたのか。

 ▽富野さん
  エロで引っ張っておいて、地球の絶滅のようなすごいテーマと繋がってしまう。
  これが作家の詐欺というものか?  ※とても愛情のある言い方だったと思います
  今、2人の話を聞いて、ようやく分かった気がする…。


   ---眞さんが軌道修正して、話は「アトム」に突入---

◎スライド:「アトム大使」 ※第4話、アトム初登場の回のカラー扉1頁

 ▽眞さん
  当時はあまり人気が出なかったようだ。
  難しかったからというのもあるが… 
  しかし、今の話を聞いてると、やはり可愛い女の子が出なかったからなのか?
   ※ここで、大いにうなずいている富野さんが面白い

 ▽眞さん
  手塚治虫が、未来をどう捉えていたのか?
  「アトム」に描かれたものを見ていきたい。

◎スライド:「赤い猫」 ※冒頭、「武蔵野を…」の見開き2頁

 ▽眞さん
  この見開きの右頁にビル、左頁に森という配置に科学一辺倒でないところを感じる。
  メンコで遊ぶ子供たちがいるのもいい。
  当時の子供たちの遊びというだけでなく、もしかしたら
  未来にリバイバルで昔の遊びがはやると予見していたのかも?
   ※ちょっと冗談めかして

◎スライド:「透明巨人」 ※花房博士が物質転送機のテストをする見開き2頁

 ▽石上さん
  描かれた当時、1960年代の発想として新しかった。
  アメリカ、ジョルジュ・ランジュランの短編「蝿」をヒントにしているのだろう。
  SF的発想としては、海野十三からの影響も大きい。
  海野十三のエッセンスを、原子力時代以降に変換したのが、手塚先生。
   ※海野十三の名前が出てきて大喜び(私が)

 ▽眞さん
  この物質転送機のアイディアは、現在のネットで画像を送る
  イメージに近いのでは。

◎スライド:「透明巨人」 ※立体TVのテストのシーン見開き2頁

◎スライド:「タイムマシン」 ※アトムがタイムマシンで跳ぶシーン見開き2頁

◎スライド:「火星兵団」 ※火星にロケットが飛ぶシーン見開き2頁

 ▽石上さん
  このロケットは、噴射式ではなくてレールを滑って飛び立つタイプ。
  映画「地球最後の日」の影響だろう。
  映像をよく見ている、手塚先生ならではの絵。

◎スライド:「電光人間」 ※ロボット展覧会の見開き2頁

◎スライド:「十字架島」 ※冒頭、ロボットは何故人間型か?解説の見開き2頁

 ▽眞さん
  いわゆるトランスフォーマー型ロボット。他にも…

  →◎スライド:「ガデム」 ※ガデム変身シーン見開き2頁
   ◎スライド:「ロボット宇宙艇」 ※宇宙艇テストシーン見開き2頁

◎スライド:「ロビオとロビエッタ」 ※ロビオがロビエッタに会いに行くシーン見開き2頁

◎スライド:「第三の魔術師」 ※ロボットたちのデモ行進のシーン1頁

◎スライド:「ロボット爆弾」 ※海底のロボット王国、見開き2頁

 ▽眞さん
  専門家の方に聞いたが、これのようにロボットが人間に作られたことを
  忘れる可能性はあり得るらしい。

◎スライド:「人工太陽球」 ※ラスト、ホームスパンの手術〜独白の見開き2頁

 ▽眞さん
  ロボットになることを「誇りに思う」と語らせる、この発想。

◎スライド:「ロボイド」 ※アトムによるロボイドの星の解説2頁

 ▽眞さん
  先ほどのホームスパンとは逆に、今度は
  とうとうロボットが人間のようになってしまう。


▽眞さん
 こうして見ていくと、手塚治虫は「アトム」の中で
 技術だけでなく、ロボットへの考え自体を発展させている。


◎スライド:「アルプスの決闘」 ※音楽を理解できず悩むアトムの見開き2頁

 ▽眞さん
  アトムの一番すごいところは、悩むところ。
  この悩む姿がまた可愛らしい。こういうところは、やはり女の子なのだろうか。
   ※アトムは初め女の子だった…という話を冒頭にしたのを受けて


▽眞さん
 最後に、ちょっとばかばかしいものをお見せします。

◎スライド:「盗まれたアトム」 ※冒頭、大人アトムが家に来る見開き2頁


■ここから、フリーディスカッションと言う名のしゃべくりタイム

▽眞さん
 富野監督に聞きたい。
 「アトム」を演出した時のドラマツルギーと「ガンダム」との繋がりは?

▽富野さん
 実は、実際にやっていた時、アトムの悩む姿など考えていなかった。
 考える必要もないと思っていた。

 何故か?―基本的に、ドラマ作りは人間でなければならないと思っていたから。
 アトムはロボットだから、そしてこれはマンガだから、と、
 TVシリーズとして成立する要件を満たしていればいいと開き直っていた。

 今思えば、浅はかで考えが足りなかったと思う。しかし当時はそれで逃げ切った。

 アトム自身の中に、ロボット論、生命論としての答えが見えない。

 「ジャングル大帝」もそう。
 動物が動物を食べることの問題、ライオンがベジタリアンになれるのか?という問題を
 あれだけ提起しておいて、最後には煮詰まっている。

 アトムは可愛い。可愛いから”善”になってしまう。

 たかがマンガの中に、あれだけの科学論を詰め込んでいる。
 自家撞着を起こしてさえいるが、それでも「みんな考えようぜ」と
 皆にフィールドを提供したのが手塚マンガだ。

 ガンダム―何度も言ってきた、あれは”機械”だと。ロボットではない。

 SFは時として、一部が極端に先鋭的になる。
 60〜70年代SFがそうであったが、
 現代のゴミ問題は予測できずに、タイムマシンや物質転送機を考えられる、
 人間の想像力とは一体何なのか?
 
 手塚治虫が医学博士であったために、科学と人、生命体の問題、
 それが否応にでも作品に描かれた。
  ※ここで何度もさっきの「たかがエロマンガのくせに…っ」を繰り返すツンデレ富野監督

▽荒俣さん
 先ほど見てきたスライドの「アトム」の絵は面白い。
 いくらでも、後講釈が可能である。

  ※この辺りから荒俣さんお得意の膨大な薀蓄が冴え渡ります。ワクワク

 ◎科学と技術
 実は、科学が無くても技術は発展することが出来る。
  例)ナイチンゲールは、数学を専門的にやってはいなかったが、
    技術―グラフを描いて、上層部に病院設置に関する要求数を認めさせた

 ◎ロボットの歴史
 元々は可愛いものを作ることを目指していた。
  例)ピグマリオン伝説/中国・漢のロボット伝承etc…
    →大体において美女かイケメン。
 ⇒アトムの可愛らしさに通じる。

 韓国の活版印刷―文書を広く頒布するためではなく、完璧なものを作るために開発
 ⇒アトムの”皮”も、完璧な可愛らしさのため。

   ↓
 これらのロボットに何をさせてたか?―歌、踊り、セクシーなポーズをさせること。
  例)・中国の美女ロボット―戦争中に策略に用いた
    ・中国のイケメンロボット―戦争のない時に暇な将軍が作らせた
    ・今昔物語の茶くみ人形―エンターテイメントのふりをして実は畑に水をやる
 ⇒エンタメ性

 可愛い ― ロボットの一面。特に東洋ではそれが多い。
  ↑
  対比→グロテスク ― 鉄人28号に代表される一面。富野監督の言う「機械」だから。

 19世紀から、技術者たちはそれを打破しようとしてきた。
  例)エッフェルのエッフェル塔。自由の女神の内部設計の際に、外の装飾ばかりが
    注目されたことへの反発で、内部の機械だけで美しいものを作ろうとした。

 これらは、人間の中のDNA的傾向をよく表していると思う。

 ◎アトムという被造物
 天馬博士が、アトムをサーカスに売り飛ばすというのが非常に面白い。
 サーカス=エンタメの世界。
 先ほど述べた、ロボットの一面・エンタメ性だけで生きていけということ。

 アトム=人工生命=父親だけが作る。 ←対比→ 母親が産む=自然生命
 母親によって生まれれば、まだ、生まれを神話にできる。
 だが父親によって作られるとは、造物主と生まれてきた役割がはっきり見えること。
 そのやりきれなさこそが、アトムの悩みの元なのか?
 
 ※ここら辺りの話が、先日この記事を書いた時にぐるぐる考えてた
  アトムと手塚マンガの父性問題に通じる部分が多くて、ものすごくタイムリーでした。
  そこ!そこ、もっと突っ込んでー!!と叫びたかったです。天馬パパ主義者としても。

▽富野さん
 先ほど言った「SFは時として、一部が極端に先鋭的になる」に通じるが、
 母性によって作られない ということは、技術だけが特化していく。
  例)原爆や原発―廃棄物のことを何も考えていない
 あれは、父ちゃんたちだけが作っちゃったものだから。

 だからこそ、「ガンダム」を僕が作れたのだが…。

▽眞さん
 科学技術に関して、手塚治虫は恐らく、直感で描いていたと思う。
 自身はあまり詳しくなかった。長けてはいなかった。

 手塚が現代も生きていれば、PCを使って描いてたろうと言う人がいる。
 だが自分は、多分PCには触れなかっただろうと思う。
 非常に機械オンチな人だった。新しモノ好きですぐ買ってくるくせに、触れなかった。
 例えば、ビデオの留守録が出来なかった。
  ※ここで珠緒さん「可愛いですね〜っ」

 先ほどの荒俣さんの「科学と技術は関係ない」という話に繋がる。
 発想と技術とは、実は関係が無いのかもしれない。
 

▽眞さん
 大森監督へ質問。
 手塚治虫の医療マンガは、実際のところどうなのか?

▽大森さん
 ◎アトムの最大の特徴―2足歩行
 日本のロボット製作は、これを必死でやろうとする。
 実際のところ、それが本当に役立つのかすら分からない。
 その労力を他の分野に向ければ、もっと立派なものを作れるだろうに…。
 これは「アトム」が日本の技術者に与えたトラウマかもしれない。

 手塚にとって、アトムはロボットではなく人間だったのだろうか。
 ゴロゴロと滑走するロビタこそが、手塚にとって本来のロボットだったのかも。

 ◎手塚マンガの命題
 ・天馬 ― アトム  
 ・B・J ― ピノコ ⇒この2組の関係性の共通点を指摘するファンは多い
         ↓
  半分ロボットで半分人間のような生命
  アトム以降の手塚の考える生命の流れを汲む

 テーマとしてよく言われる
 「科学は人を幸せにするのか?善か悪か?」
   ↓
 「科学」を主語にして良いのか?否!
 手塚マンガを考えるときには、主語を「人」にするべき。

 「人は科学を手にした時、神になれるのか?」
   ↑
 富野さんの言う、手塚の解決しなかった問題かもしれない。
 なれはしないけれど、なれるかもしれない…という所まで考えていたのかも。

 「火の鳥」未来編のマサトの生は、一つの答えなのだろうか。
 
▽石上さん
 SF3部作や「アトム」はすごいと言われるが、
 手塚あるのみのファンにとっては、実はたいしたこと無い。手塚ならこれくらい当たり前。

 ◎手塚マンガのエロティシズム ※この話題が再び登場。むしろメイン?
 3部作にあって「アトム」に無いもの―エロ!
 ウランちゃんにアトムのパンツを履かせたりもしているが、あれは違う。
 (ウランを出した頃から、本人は描く気を失っていたとも聞く)

 「メトロポリス」冒頭の花丸博士の警告文―3部作の根底
   ↓
 これを置くから、エロティシズムが描ける。
 このエロティシズムは、大人のものではない。子供にも関係する。
 男と女がいて、人類が存続していくということ。
 未来に関係する。だから子供にも関係してくるもの。

 ちなみに、これはここだけの話として聞いてほしいが…
 本人は「子供なんて、あんなもの1分もあれば出来る」と言っていた。
 …それで出来た作品が、あちらにいる眞君というわけで。
  ※すかさず眞さん、笑いながら「ハイ、1分で出来た子です」

 ・SF3部作―赤本として出た大阪発 ←この頃は周りに手塚ファンがいなかった
 ・「アトム」―雑誌連載で中央発 ←この頃から周りに手塚ファンが増えてくる

 手塚マンガは大体、「大ヒット」ではない。
 それはその時代時代、別の作品に取られている。
 一般少年と、手塚ファン少年との差を感じていた。
 ※眞さん「それは昨日、呉さんの言ってた”インテリっぽさ”と繋がってますね」と指摘

 自分にとってのその”差”は、
 手塚マンガのエロティシズムや、奇妙という在り方だったのかもしれない。

▽眞さん
 本人は、科学の発展自体にはさほど関心がなかったのかもしれない。
 肌の触れ合い、人と人との関わり合いのほうを描きたかったのか。
 その「肌の触れ合い」という点について、どうか。

▽大森さん
 「B・J」が今日の医療について影響したかと言うと…。
 自分個人は、作中の内臓の絵が上手くて参考になったが。

 ◎B・Jはいつも悩んでいる
 「人間は医療を向上させたら神になれるのか?」
 →心ある医者にとっては、一番問題となる点。

 iPS細胞などの出てきた今こそ読めば、もっと分かるのかもしれない。

▽眞さん
 アトムは悩むが、ピノコは悩まない。
  ※パネリストさん達が「いやいやいや」という感じでちょっと反論
 確かにピノコは時には憤る。だが、次の瞬間にはもう吹っ切れている。
 アトムがさらに可愛くなり、さらに精神的に成長した姿がピノコ。

 先ほどの富野さんの話にもあったが、
 アトムは自分自身の中に結論のないロボット。

▽富野さん
 ピノコに関して自分の考えは、少し違う。
 ピノコの存在は、技術ではなく作劇的な問題だ。

 B・Jを描く時に、役に立たないピノコという存在を置く、
 ”対語としての存在”が無いと、手塚自身がやってられなかったのでは。
 ある意味、だまし絵的な存在。

 「B・J」という作品を、マンガ家として描かなければいけない。
 ―マンガとして、おちゃらけながらでも描かなければいけない。
 しかし、B・Jというキャラは執刀をし、人の人生にまで関わっていく。

 「ピノコがいなければ僕は窒息してしまう」
 そういう、手塚治虫の心の”澱”のようなものを感じる。

 そういうマンガを、描いた手塚はスゴイよ…。

▽石上さん
 今日のテーマ「アトムが科学技術に与えた影響とは?」
 …とは言っても、ここにいる4人は、手塚マンガから受け取ったものを
 幸か不幸かそっちのほう(技術)に発展させることはなく、
 表現という部分のほうを継承してしまっている。

 ◎手塚にとって、科学技術とは
 自分の大きな枷。
 自分なりのドラマを描いていく枷として、科学を置いていた。
 しかも、それを子供相手にしなければならない。
 そういう狭間で描いた人だった。

▽荒俣さん
 手塚さんが、ひいおじいさん(手塚良庵)にどれだけ関心があったのか?
 考えると興味深い。

 ◎科学と医学
 SF3部作から「アトム」で描かれたこと―「科学はどれだけ役に立つのか?」
 実は「科学」は、哲学としてあまり役立たない。
 →ならば次に哲学として持ってくるのは、「医学」。
 「B・J」から「陽だまりの樹」を描いたのは、運命だったのか。

 ◎適塾
  結局はオランダ語を教えることがメインになり、緒方洪庵はそれではいけないと
  弟子たちを長崎に行かせて技術を学ばせる。
  →弟子たちは最新技術を持って帰ってきて、それを緒方洪庵に教えることも。
   だが、人を救えない。時には、技術があるために余計なことさえしてしまう。

  例)関寛斎
   結局は医者をやめ、教育を志す。信念―「健康に育つのが一番」←医者が要らない
   それを基に北海道に渡り理想の開拓村を作る
   (だが、息子とのいさかいなどがあり自殺)
   ↓
  適塾自体に「医学ばかりしていてもしょうがない」という伝統があったのではないか。

 ⇒手塚さんが関心を持ったこと。
 「B・J」と結びつけると、最終的に何を考えていたのか分かる気がする。


 手塚さんのそういう方向への直感的な部分、関心の向き方、開き方。
  ※「直感的」を強調
 これが生涯、息を詰まらせなかった所以かも。


■ここで眞さんが、爆弾を投下

▽眞さん
 これは、恐らく日本では初公開になります。
 アメリカでは昨日辺りから映画館で流れ始めているかも。

◎映像:ハリウッド版「アストロボーイ」のプレ映像1分ほど

▽眞さん
 この映画はアメリカの方で製作され、日本人スタッフは1人も参加していません。
 お分かりのように、このアトムはまさに「少年」です。
 アトムの少女的、アンドロギュヌス的部分は、アメリカでは抑えられているのです。

 ※この後、「先ほどからずーっと富野さんが睨んでますね…(笑)」だの
  「ヘンなものをお見せしてしまいまして」だのと。
  やっぱそっちが本音ですかマコちゃん…!



■最後に、4人それぞれに手塚作品への思いを

▽富野さん
 作家の立場ならば、直感でいいしリアルさを求めなくてもいいと思う。
 ※今日のテーマ「技術」への極論…?
 
 日本は戦争に負けた。
 そんな中で、希望を持つしかないというメッセージを手塚治虫にもらった。
 そして先ほどの映像。その日本のキャラクターをアメリカ人が、
 まったく違う文化の人が、今、触っている。

 未来に生きていきたい。
 その欲望、「ねばならない」という心が手塚作品にある。

 手塚治虫という宝は、この後も1,2世紀はいくだろう。
 …紫式部のように千年いくかは分からないので、1,2世紀と言っておきます。

▽荒俣さん
 「アトム」は時代の科学にどう影響を与えてきたか?

 15年前、アメリカでロボット技術分野の人たちを取材した。
 SF分野の人々は皆ペシミスティックだったと感じる。
 当時、2足歩行を研究していた技術者。ひどく一生懸命だった。
 2足歩行は、技術として一番難しい上に誰も注目しない。
 (だからやると言っていたが…)
 
 ⇒日本には、「アトム」がある。
 2足歩行のように難しく、しかも役に立つかどうかも分からない技術を、
 「こういう理由で必要なんだ」と無理やり意味付けしなくても、
 ロボットにはそれが当たり前だと、皆が当然の如く思って、やっている。
 悩むのはアトムに任せればいい。

 15年前にこういうシンポジウムがあれば、あの人たちに
 「うちにはアトムがいるからね!」と言えたはずだったろう。
  ※↑すごく得意げな言い方が素敵でした

▽大森さん
 手塚治虫という人は、とにかく面白いものが描きたかっただけではないか。
 そのクリエイティブは、誰も否定できない。
  ※未だに見かける原発云々に関する的外れな批判に、チクッと釘を刺してました。

 ◎「B・J」に思うこと―”医学”は”科学”なのか?
 
 ・科学:ボタンを押せばこうなる、と決まっている。
 ・医学:人の体ごとに違う。それは”科学”と言えるのか?

  ⇒だが、”科学”もまた法則だけではなく、人によって不幸にも逆にもなる。

▽石上さん
 手塚先生は大変な人だったが、”偉大”な人にする必要はない。
 こんな事(手塚治虫について語ること)をしていても、
 自分はただ、先生の墓石を立派に磨いているだけなのかとも思うが、
 いかに面白い人だったか、ということを伝えるために我々はいる。

 チャップリンのような人だった。
 作品だけではなく、自分の生涯そのものまで使って面白がらせてくれた。

 ◎何故、そんなに面白い人だったのか?
 敗戦〜戦後は、何も無かった時代。
 我々は生まれたときから、子供の娯楽というものが無かった。
 ⇒手塚治虫の登場。初めて、俺たちのための娯楽が出来た!と思った。
 
 手塚治虫―始まりは戦争前。
 娯楽がリッチな時代に子供時代を過ごし、それを貪欲に吸収した。
 だが、戦争によって、子供の頃の快楽をすべて失った。
 ⇒それを生涯かけて”再生産”しようとしたのが、あの作品数だったのでは。

 今日のテーマである「技術」が直結して、一番恐ろしいのは戦争。
 生前、何かとそれを発言している。

 手塚作品のこの面白さを、これからも伝えていきたい。

▽眞さん
 1つの作品で大の大人がこんなに語り合える。
 そんな作品がある、ということが素晴らしい。

 始まる前に富野監督に「まとまらないよ」と言われていたが…
 今日の話を聞いていて浮かび上がってきたのが、
 手塚治虫作品すべてのキーワード:「可愛い」
 「命」とか「哲学」ではなく。
 この「可愛い」には、生命やエロティシズムも含まれている。
 男の子側のときめきとも言っていい。


  ※この結論を踏まえると、次の部の内容もまたさらに興味深いです
 

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==== 手塚治虫アカデミー ====(2008/11/03)

【3.女性マンガの世界】



■導入部

▽眞さん
 少女マンガ―日本にしかないジャンル。
 手塚が作ったものとも言える。

 ◎「女性マンガ」とは何か?
 現在では、少女マンガも少年マンガもジャンルを超えていると思いつつも、
 歴史を見てみると「少女マンガ」としての意識の流れがあるのではないか。


■まずは、パネリスト4人が手塚マンガとの出会いなど

▽里中満智子さん
 子供の頃、少年/少女マンガの差を意識せずに読んでいた。
 ただ、少年誌を覗く時にほのかな冒険心はあった。
 ⇒読みだしたきっかけは、手塚作品。

 ◎出会い
 1948年生まれ。
 近所に、小学校に上がると月に1冊雑誌を買ってもらえるようになる習慣があった。
 小1の4月、本屋に行って各誌を見て「とんから谷物語」掲載のなかよしに決める。
 この頃はまだ、手塚治虫という人が描いていると知らなかった。

 「とんから谷物語」―1月から連載されていたので、読み始めたのは途中から。
 貸本屋に行ってバックナンバーを買う。その切抜きは今でも取ってある。
 今読んでみると、環境マンガになっていると思う。

 「とんから谷物語」は月8頁しか掲載されない。
 →この人のマンガをもっと読みたい!と、貸本屋で探した。
 貸本屋さんには「なんで男の子の雑誌を読むんだ」と言われたが、
 自分にとっては、少年/少女マンガのジャンルは関係なかった。
 「手塚マンガ」というブランドという認識=読んだら絶対面白い!
 
 「アトム」、「ジャングル大帝」まで遡り…
 「ライオンブックスシリーズ」が一番好きだった。
  →みんなが分からないものにハマれる喜び。

 ◎手塚キャラクターの魅力
 ・皆が、自分から動く。
  行動的な面。恋も女の子からのアプローチがある。
 ・男の子でも女の子でも、性差を感じない。
  例)アトム、リボンの騎士、ひまわりさん、あらしの妖精…
    ※後半2つのタイトルが挙げられて大喜び(私が)
  性の間をウロウロしている。それが色っぽい。

▽萩尾望都さん
 私も里中さんと同じで、性差の無いところに魅力を感じていた。
 そう言われてみればそうか、と今の話を聞いていて思った。

 ◎出会い
 子供時代、絶対的に本が少ない環境だった。
 入手できる文字は小説でもマンガでもすべて読む。
 すごく面白いと思う本の作者を見ると、必ず「手塚治虫」の名だった。

 ・少女マンガ:「リボンの騎士」から「エンゼルの丘」…
 ・少年マンガ:「アトム」… etc
 「なんで少年マンガを読むの?」と問われるが、その答えは
 「性差が無いこと」だったと思う。
 少年であるアトムは可愛く、少女である女の子キャラはかっこいい。

 当時、少女小説も読んでいたが、母子もののバージョンばかりで
 読んでいるうちにパターンが分かってくる。
 だが、手塚マンガは何も見ても新しい。常に新鮮だった!

 マンガ家になりたい。
 ペンの練習などをしていたが、なかなか慣れない。
 なれないかも、とも思っていたが…

 ◎「新選組」  ←待ってました!なお話
 お年玉で買い、一気に読んでハマッた。

 元々、手塚マンガは読んだ後にとても考えるマンガだった。
 小学生の頃もよく、読んだ後に「この後どうなるのか…」と考えていた。

 「新選組」の終盤、主人公・丘十郎が親友を切りに行かねばならずに歩く1コマ。
 そこで彼が何を考えていたのか、1週間くらい彼の気持ちばかり考えていた。
 マンガ家にならなければ、描かなければ、このまま
 主人公が私の頭に住み続けてしまうと思えるくらいに。
 マンガ家に、ならなければならない。 →そして、今がある。

▽手塚るみ子さん
 1964年生まれなので、少女マンガといえば里中さん、萩尾さんという世代。
 なので、実はリアルタイムでは父の少女マンガを知らない。少年マンガばかり。

 ◎子供時代
 家に手塚マンガが散らばっていて、おもちゃを拾うように父のマンガを読んでいた。
 初めて、父の作品だと意識して読んだのは「ジャングル大帝」。

 少女マンガという事で思い返すと、単行本で読んでいた。
 母方の祖母宅に行くと、おじが手塚マンガを沢山持っていて読ませてくれた。
 好きだったのは「リボンの騎士」「エンゼルの丘」。
 特に「エンゼルの丘」ルーナの、ショートカットと真珠の髪飾りが可愛かった。

 リアルタイムで読んでいたのは「ユニコ」。
 だがこれは、少女マンガというよりもファンタジーか?

 10代以降は、少年誌マンガのヒロイン(ピノコ、和登さんetc)の
 存在感が、自分にとっての手塚マンガの少女たちだった。

 ◎キャラのモデル
 よく、「ピノコのモデルは貴方ですか」などと聞かれるが…
 「B・J」の頃は自分が小中学生だったので父が観察した要素は入ってるかもしれない。
 「プライム・ローズ」エミヤの感情的なキャラは、自分のかんしゃくと似ているかも。
 
 ◎娘として
 身内なので、よく言われるように父の作品と”エロ”を繋げられると
 どうしても嫌悪感が…。
 思春期に父の「奇子」を読んだらひどくショックで、
 以来、10代の頃は一切、父のマンガを読まなかったくらい。

 ※▽眞さん
   初期作品の女性キャラの1番のモデルは、手塚の妹の美奈子さんかと。
   そして2番目は、確実にるみ子です。

▽藤本由香里さん
 去年まで25年間、編集の仕事をしていたが、その間にマンガについて色々書き、
 今ではとうとうそれを教えるのが本業になった。(明治大学准教授)
 4歳のときに出会った「リボンの騎士」が魂の原点。
 ついにはこうして職業を変えるまでに…
 
 ◎出会い
 父についていった散髪屋に、3冊の「なかよし」が置いてあった。
 夢中で惹きこまれ、父の散髪が終わっても「待って!」と動かなかった。
 散髪屋のご主人に、持って帰っていいよと言ってもらえる。
 …今考えると、あれはその散髪屋の家の子のものだったかもしれないが、
 それのお陰で今の私がいるので、許してほしい。

 「なかよし」を毎月買ってもらえるようになる。
 →「マンガってこんなに面白いんだ!」と知る。
 →貸本屋に通うように… 
 だが少女マンガで読んでいたのは「なかよし」のみ。
 少年マンガ誌―「少年」、「少年ブック」、「少年画報」etc…
 とにかく、手塚マンガを探して読んでいた。

 ◎転換期
 1968年〜 月刊誌の廃刊 とともに、少女マンガも面白くなってきた。
 例)水野英子先生の「ハニーハニー」、別冊マーガレットなど
 それは女性が、少女誌で活躍を始めた時期でもある。
 (それまで少女マンガ描きは男性主流)
    ↓
 ここで目覚めた魅力が、かつて「リボンの騎士」に感じた魅力と重なる。
 ⇒「少女マンガ魂!」と私はそれを呼ぶ。

 ◎「リボンの騎士」は何が新しかったのか?
 1)ドラマ性
 少女クラブ版の連載開始は1953年。
 初めて少女誌に”ドラマ”を持ち込んだ。

 ---国会図書館で調べた当時の雑誌の傾向---
 ・〜1952年 生活ユーモアが中心。月に2〜4頁程度。
       主人公がドジをして「チャンチャン♪」で終わり。
 ・1953年  「リボンの騎士」―始めからドラマチックな構成だった。
 ・〜1954年 似たようなドラマチックな話が、各誌で1,2ずつは始まる。
 ・1955年〜 もはや、ストーリーマンガが少女雑誌の主流に。

 2)線のもつエロティシズム
 現代の「萌」要素は、少女マンガの可愛さを少年マンガに持ち込んだもの。
 これと同じ要素があった。
 
 ◎世界の本質に触れている気がする
  ―手塚の少年マンガでも少女マンガでも
 
 世界の秘密 と 心の秘密 の2つの要素。
   ↓        ↓
 少年マンガ    少女マンガ

 女の子の葛藤… ”姫”にも”騎士”にもなりたい。
 「リボンの騎士」は両方を兼ね備えていた。
  ↓
 里中先生や萩尾先生が引き継いで次を生み出していった。
 これは、日本の少女にとっての財産だと思う。
 

■ここから本論突入―スライド

▽眞さん
 手塚がどんな少女マンガを描いてきたのか、まずは見てみましょう。

---※この辺りから、萩尾先生がもう壇上にいることも忘れて、
   上半身ひねってスライドに見入ってる姿がすごく素敵でした。---



◎スライド:少女クラブ版「リボンの騎士」 ※人魚とリュートの扉絵
 
 ▽眞さん
 手塚は、こうしたタイトルのロゴも自分で描いていた。
 また、このようにいわゆる「目の中に星」を描いたのも手塚が初と言われている。

◎スライド:「ナスビ女王」 ※冒頭、3人が木の下で誓い合う見開き2頁

 ▽眞さん
 実質的な少女マンガの幕開けは、実はこの作品とも言われている。
 「リボンの騎士」は設定からして波乱万丈だったが、
 この作品の設定は、それまでの日常ギャグマンガの延長。そこにドラマを持ってきた。

 ▽里中さん
 これは現代劇で、普通の少女たちが主役。
 描かれているスカートの線、ファッションなど、男性の感覚ではない。
 セミフレアのスカート、バッグや帽子とのコーディネート…
 ファッション誌のようで、自然に目に飛び込んでくる。
 母の読んでいるスタイルブックよりも、ずっとお洒落だった。

 ▽藤本さん
 男性の描くファッションは大抵ヘタだが、手塚先生の描くものだけは
 着てみたい、と思わせられるものだった。

 ▽萩尾さん
 すみません、つい、すっかり見入ってしまってました。

 こうして見ると、実に読みやすい。
 コマ割りはシンプルだが、コマの中は焦点が読みやすくなっている。

 右頁2段目(ナスビが男子たちをおっかけるコマ)は
 俯瞰構図になっているが、こう、吹き出しが並列していて読者の視線がが移動し、
 3段目(木の下でフジ子、タカ子が語り合うコマ)では
 あおり構図になっている。
 どこに誰がいるのか、さりげなく分かりやすく描かれている。

 …最近の少女マンガを読むと、どこに誰がいるのか分からないことも。
 遠くに来たなぁと思う…。

 ▽眞さん
 手塚は、マンガとしてのテクニックを多く使っている。

◎スライド:「そよ風さん」 ※三太さんが初めて彼女を見かけるシーン見開き2頁

 ▽眞さん
 社会性とともに、女性の優しさを描いた作品。
 この続編「ひまわりさん」では、対照的に活発でおてんばな女性を描いている。
 2人を通して女性の2面性を描きたかったのだろうか。

◎スライド:「あけぼのさん」 ※カラー扉

 ▽眞さん
 タイトルは似ているけど、先ほどの作品とは関係ありません。

 この頃の手塚は、バレエを多く描いている。
 何故、描けたのか? ⇒宝塚の存在

 現代からは想像も付かないが、当時の人にとっての宝塚は
 数少ない、華やかな世界に浸れる場所だった。
 それの影響が、手塚の描く少女マンガに現れてもおかしくない。

◎スライド:少女クラブ版「火の鳥」 ※ギリシャ編のあらすじ見開き2頁

◎スライド:「双子の騎士」 ※バラの館でビオレッタがドレスを着る見開き2頁

◎スライド:「エンゼルの丘」 ※冒頭、ルーナが貝に入れられる見開き2頁

◎スライド:「ふしぎなメルモちゃん」 ※カラー扉絵

◎スライド:「ユニコ」 ※ロクサーヌとユニコが出会うシーン見開き2頁

▽眞さん
 ここからは、青年誌に描かれた女性たちも見ていきたい。


◎スライド:「ひょうたん駒子」 ※単行本の表紙絵

 ▽眞さん
 主人公の少女の変さ、恋のお相手の二枚目青年など…が少女マンガ的。

◎スライド:「人間昆虫記」 ※十枝子が実家で、裸で寝転び笑うシーン見開き2頁

 ▽眞さん
 これは、先ほどるみ子さんの言っていたエロに通じるものなので
 嫌がるかもしれませんが…
 だが、手塚の描く裸はエロではあるが、いやらしくない。
 マンガとして線が整理されているからだと思う。

 ▽萩尾さん
 バックをベタにすることで、白いシーツが浮かび上がっている。
 また、若い娘と老婆(蝋人形の母親)との対比という構図もいい。

◎スライド:「ばるぼら」 ※冒頭の見開き2頁

 ▽眞さん
 この主人公は、この通り男のような格好をしているが、脱ぐとすごい体。

 手塚の描く女性たちの、年齢も性も超越した不思議さ。
 ⇒「リボンの騎士」からずっと。

◎スライド:「どろろ」 ※どろろが「バカヤロー!」と叫ぶシーン見開き2頁

 ▽眞さん
 ラストで、このどろろが実は少女だったということが明かされる。
 始めから考えていたのか、最後辺りでの思いつきなのかは分からないが、
 また戻って読み返すと、納得してしまう不思議さがある。

 ▽萩尾さん
 サンデーの連載を1週目から読んでいた。
 妹は「どろろは女の子だ!」と言い出す。
 どろろが川に落とされて体を洗うために脱がされるシーンで、
 赤くなって胸を押さえている。
 連載はそこで「続く」となっており、次の回ではそれは
 背中の刺青のためだったという話になっていたが、
 どろろが女の子だと、分かる人には分かるように伏線を張っていたのだと思う。

◎スライド:「B・J」ピノコ ※バレリーナの格好をしたカラーの単独カット

 ▽眞さん
 アニメシリーズのころ、小さな女の子たちは皆ピノコに感情移入していたようだ。
 B・Jはかっこいいが遠い存在であり、あくまでも共感できるのはピノコだった。
 中には、タイトルの「B・J」はピノコのことだと思って感想をくれた子もいた。

 B・Jは理屈で考えるから悩む。ピノコはそれに存在で答えを示す。
 B・Jが「命って何だ?」と悩めば「命って私よ!」と答える。それがピノコ。

 ここまで見てきた少女マンガの女の子たちの、
 集約した形がピノコなのではないか。


- -- -- - -- -- - -- -- - -- -- - -- -- - -- -- - -- -- - -- --

※残念ながら、私はここでタイムリミットで退出。
 この後にどんな少女マンガ話の発展があったのかと悔やまれますが、
 ただでさえ貴重なナマ萩尾先生の、しかも「新選組」話を
 「新選組」大好きドロさんと一緒にお聞きできるというタイミングが
 超!奇跡的でしたので、満足です。愉しかった〜!

※とにかく感じたのは、手塚先生の話になると皆さん、
 どんなに今、大家的存在になっていようとも、読んで
 心躍らせた子供時代に戻るんだなぁ…ということ。
 同時に、大人になった今こそ分かる、出来る”語り”を
 せずにはいられない存在だということ。
 手塚マンガ自体が、一つのでっかい「場」なのかもしれません。
 ああもうやっぱり大好きだ!

※ちなみにアトムの部で出てきた科学やロボットのお話は、
 「東京人」手塚特集でも、別の人によって似たような話題が出ていて、
 併せて読むと面白かったです。
 
※しかし、アトムの部の話を聞いていると、
 いっそ「手塚マンガとエロティシズム」でもシンポジウムを
 やるべきなんじゃないかと思ったり。
 (いや、ンなテーマじゃ東京都がOK出さないですねそうですね)
 何年か前、たけくまメモの手塚マンガに関する記事のコメント欄が
 手塚マンガ読者の”目覚め”カミングアウト体験の告白合戦場に
 なったのを思い出した…。それもまた、いかにも手塚マンガだなぁと改めて思う80周年。
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【-】  2016/12/02(Fri)







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