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 テヅカオタクの楽描きと語りとメモ
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「マンガのちから」展と「漫画少年」展
テヅカごと  2013/08/23(Fri)03:31

「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」展@東京都現代美術館
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/145/2/

ようやく行ってきました。東京都現代美術館に行くのは、1998年の「マンガの時代」展以来だったかも。
たしかあのときは、マンガの「時代」の恐らく過去と未来を象徴するものとして、ポスターのメインビジュアルは、アトムがエヴァの綾波と並んだ図。
そして今回は、マンガの「ちから」の象徴ということで、ポスターに使われていたのは、サイボーグ戦士たちに面白いほど違和感なく溶け込んでいるアトムの図。

同じ美術館で、同じくマンガがテーマの展覧会で、同じキャラを用いても、それに対するアプローチや組み合わせの違いが見えてくるのが面白く、こういう公共美術館におけるマンガメインの展示も着実に回数と歴史を重ねていることを、まずしみじみ感じたのでした。


で、展示内容ですが。

はあああああ、やっぱり原画はいいなああああああ(ため息)
……と、その一点だけでもう既に大満足大歓喜大乱舞。放っておいたら猿田博士が突き飛ばして壊した娘ロボ並みにアイシテルアイシテル言い続ける勢いですよ。

前にも書きましたが、手塚先生のペンの走りやホワイトの入りやベタの塗りの跡が見られる原画こそが、手塚マンガ体験をリアルタイムで味わえなかった世代にとっては、先生が実在して生きていたときの息遣いを最も間近に感じさせてくれる媒介、もしくはタイムカプセルのようなものなんですよね。
手塚関連イベントが幾度あろうと、そのたびに巡礼者のような気持ちでいそいそと出かけてしまうのは、そこに原画があるからこそ。

今回は特に、このご時世によくぞ……と思うと勇気に泣けてくる『やけっぱちのマリア』、二色塗りの跡が見られて嬉しい『0マン』、カラーがかわいい学年誌版『ユニコ』、ほかにも『ふしぎな少年』など、こういう展示では割と珍しい作品が出されていて、お得感があり嬉しかった!
個人的には、『0マン』のあの原稿が、“カタストロフ後の世界を行く少年少女”萌えという自分の狭い部分の嗜好を決定づけたシーンの原稿でもあったので、これを選んでくれた学芸員さんには本気で両手を握ってお礼を言いたいです。
(破壊された0マンの国で会議の結果を待つリッキーたち子供組3人の後ろ姿が、背中の線の丸みといい、シッポのもふもふした角度の微妙な動きといい、切なさと悲しみと子供特有の柔軟なたくましさをも感じさせて、本当にここのあたりの絵が大好き)


そしてまた、事前にも目玉の一つとして宣伝されていた新発見の未発表原画が、どれもすばらしかったです。初期厨の私ガッツポーズ。
ああもう、何で初期手塚作品の線はあんなにきれいで柔らかくておいしそうなんだろ。

独断と偏見と失礼なのを承知で言いますと。
戦前に思う存分オタクを満喫していたおたむ青年が、戦争で己好みのコンテンツが燃え尽きちゃったところで、俺好みの作品がないならば俺の手で自家発電してやるんだあああっとばかりに描いてしまうオットコ前なオタクの鑑精神が、手塚マンガの特に戦後すぐの初期作品には強く感じられるのです。

それはストーリーだけでなく絵も同じで、自分好みの絵を自分で好きなように描ける才能と楽しさが、線一本一本からウキウキとにじみ出ているように見えてならない。

今回、未使用原稿が出されていた『有尾人』も、どうせこれ描き版で印刷されちゃう(職人が筆で原稿をトレスして版下をつくる印刷方法。特に『有尾人』単行本はトレス職人さんの個性が強い)というのに、何でこの人こんな丁寧に楽しそうに隅々まで描き込んでるの…と、見れば見るほど、おたむ青年の楽しそうなオタクっぷりがじわじわ来ました。

(石ノ森先生の『墨汁一滴』の気が遠くなる手書き文字の密度にも同じものを感じた)


あと、ちょっと面白いと思ったのは、未発表に終わった、もしくはボツになったこれらの原稿のネタが、後の作品に幾つか使われていること。
(『浮漂島』の「女へんに男」という名字ネタ→『ハリケーンZ』)
(『噫それなのに』傾聴してる客が実は…ネタ→『珍念と京ちゃん』『ロック冒険記』)

そういえば昔、1995年の手塚治虫展で『幽霊男』が初公開されたときにも、そこに『ロック冒険記』や『メトロポリス』『地球の悪魔』のネタが含まれているのに気づいて、思わずにやにやしてしまいましたが、先生の未発表作品には割とこういうのが多いかも。

アイデアはバーゲンセールするほどあるんですなんて名言をぶち、またそれが事実であるのも確かなんでしょうけれど、その一方で、こういうふうに一度は思いついたネタを無駄にはしないリサイクル精神を地味に発揮しているところも、先生のかわいいところなんだよなあなんて思ったのでした。

 +

さて、今回もう一つ展覧会の目玉だったトキワ荘の再現なんですが。
これは本当に思った以上に良かったです。再現そのものにじーんと来るのはもちろんなんですが、展覧会全体の中での位置づけという会場構成の意味としても。


再現された両先生の部屋を見てまず思ったのは、何てシンプルなんだということ。

机と本棚と出前のドンブリだけで殺風景な手塚部屋。
本だけでなくレコードにステレオ、部屋じゅうの長押にぐるりと配置されたマッチ箱コレクションなどがごちゃごちゃ置かれた石ノ森部屋。
そんな違いはありますが、しかしどちらも部屋を構成するすべての要素が、ただひたすら「マンガを描くこと」、その1点のみに向かっているのは明らか。

手塚先生がトキワ荘メンバーに言ったと伝わる「一流のマンガを描くためには、一流の本、音楽、映画を見なさい」という言葉。
もしくは、つのだじろう先生が一度はトキワ荘メンバーを不真面目だと怒ったものの、その“遊び”こそが創作の肥やしになっていたのだと考え直したエピソード。

おなじみのこれらの話も、裏を返してみれば、
直接マンガを描く以外に用いる人生のリソースも全てマンガを描くことに還元させる
という、ある意味で狂気に近い一途さにほかならないわけでして。
何て力強くシンプルで、簡潔明瞭で、そしてどこまでも強欲で貪欲なマンガ熱。

このトキワ荘の小さな四畳半の小宇宙にその熱が渦巻いていたんだなあ……と、不完全ながらもじわりと伝わってきて、ちょっとぞくっと空恐ろしいものすら感じました。


そして、この再現トキワ荘がただのオブジェだけではなく、展覧会の第1部と第2部を結ぶ“通路”としての役割も担っている会場構成がまた面白かったのです。

両先生のアマチュア時代からデビュー間もない時期のあれこれが展示された、順路初めのプロローグと第1部。
そこから再現トキワ荘の薄暗くてやや狭いギシギシ鳴る廊下を通り抜けると、急にぱっと照明もしらじらと明るく視界が開けて始まるのが、メディアミックスも含めてのお二人の代表作があふれるにぎやかな第2部。

まるで、第1部までに展示されていた上述の未発表原稿や『墨汁一滴』ににじみ出ている心底楽しげなオタク熱、そして参考展示されていた当時のアメリカン・コミックや赤本、洋画から貪欲に吸収していたであろうものを、トキワ荘での青年時代というほの暗い胎内のような鍋の中で煮詰めて、こねて、昇華させた末に、あの廊下を通り抜けて産まれ飛び出していったのが、「爆発するマンガ時代への挑戦」と題された第2部で展示されている作品の数々のように思えてならず、この順路の構成には、歩いていてちょっとグッと来るものがありました。

だからこそ、展示の最終部分近くにあった石ノ森先生の「萬画宣言」に書かれている
「萬画とは、森羅万象―あらゆる事物を表現できる万画なのです」
という言葉はつまり、自分が見聞きし触れたあらゆるもの、「森羅万象」を傲慢なほどの貪欲さでマンガに取り込み飲み込んでいったお二人の軌跡でもあるのだなと、何とも言えない気持ちがこみ上げてきて、その展示の前でしばらくじっとたたずまずにはいられなかったです。

本当に、順路の最後にはただただ素直に、そうやってたくさんの作品を残してくださってありがとうございましたというシンプルな思いでいっぱいになったのでした。

 +

そんな感じで面白い順路構成だっただけに、ちょっと心残りだったのが、一番初めの『新宝島』のところ。

ここで『新宝島』冒頭を一部立ち読みできるようになっていたんですが、それが1947年のオリジナル版ではなく、1984年の講談社全集版のほうだったんですよね。
うーん、これはできればオリジナル版のほうは使えなかったんだろうか。

オリジナル版は厳密には酒井七馬先生との合作ですし、近年の復刻版でも著者が連名になっていたので、こういうところで使うにもいろいろ難しいのかなと想像してみたんですが。
けれど、もしそうだとしても、1947年当時の子供たちが実際に熱狂したのは、講談社全集版ではなく、あくまでもオリジナル版のほうだったのだから、何とかしてそちらを読めるようにしてほしかったなあとちょっと思う。
『新宝島』オリジナルに関する研究と議論が、ここ十何年かマンガ研究者さんたちの間で熱心に進められてきたことを考えても、そう思うのです。
(個人的に講談社版よりオリジナルのほうの絵が好きというのもあるけど)

一応、『新宝島』、そしてお隣に展示されていた初期SF3部作については、原画の横のキャプションで、この原画はオリジナル版ではなく、後に全集収録のために描きなおしたものだという解説が付されていました。
ですが、オリジナルとさほど変わらない内容で全集用の原稿が描き起こされた初期SF3部作とは違い、『新宝島』は絵もコマ割りもオリジナル版と講談社全集版で大きく変えられている作品なんですから、やはり立ち読みを全集版にしてしまうのは、ややこしかったんじゃないかと。

実際、今回の展示に行く前、某BSの美術館番組でこの展覧会が紹介されていたんですが、これが当時のマンガ少年たちを熱狂させた『新宝島』だよ!ばばーん!という流れから、お笑い芸人さんたちがこのコーナーで立ち読みし、クローズアップの連続コマや瞳に映る犬のカット(※いずれも講談社全集版だけで、オリジナル版にはない)に、おおーすげーと感動するという内容になっていたのです。
オリジナルと全集版の説明を省くために番組構成上わざとだったのかもしれませんが、『新宝島』の歴史的意味を言いつつ、講談社全集版のほうがまるで当時のオリジナルとして誤解されかねない流れには、いやいやいや違うからね違うんだからね!とTVの前で言いたくなったり。

というわけで、実際に展示に来て見ても、ここがちょっと気になったのでした。


同じ意味で気になったのが、『ジャングル大帝』のキャプション。
展示されている原画は明らかに後年の単行本化の際の切り貼り描きなおしをされた部分でしたが、キャプションには具体的な年数は1950〜1954年連載としか書いていなかったので、せめてこの原画は何年の単行本化作業のときのものだと説明を入れてもらいたかったなあ。

だって、ここは単行本で見ても、ケン一の顔があからさまに違うんだもの。オリジナルの初期ケンちゃんと後期ケンちゃんとで、線の違いが丸わかりのところなんだもの。

今回の展覧会が、第1部で初期ケンちゃん満喫できるところから始まり、第3部では『B・J/二度死んだ少年』のやさぐれケンちゃん原画が1話分まるまる展示という、実はこっそりと盛大にケン一くん祭りひゃっほーでもあったので、このあいまいさが余計に目立って見えたのでした。

 +

とはいえ、展覧会のタイトルがあくまでもマンガの「ちから」であって「時代」ではない以上、そういう細かい年代の話よりも、第3部で各作品をテーマごとに並べた展示のほうが、企画者側にとってはメインだったのかもしれないですね。

ここは、短編の1話まるごとや、長編でもある程度の長さで原画を連続展示しているものも多かったせいか、原画を見るというよりも熱心にマンガ読んでいる、特に子供たちが多かった印象。なので、この並べ方はなかなか良かったかも。

自分が行った日がお盆休みまっただ中だったせいか、ここ最近の手塚関連イベントの中でも特に客層が広く、明らかにリアルタイム世代の方から、若いカップル、外国人の人も多かったですが、何より子供が多かったのです。同美術館内の上の階で、夏休みの子供向け展示が開かれていたのも大きかったのかもしれない。
今の子供たちには、仮面ライダーがいるー!というほうが大きな誘引力かなーと思っていたんですが、学芸員さんに注意されるぐらいガラスケースにべたっと手をついて『モモンガのムサ』原稿を熱心に見上げている子とか、『鉄腕アトム/人工太陽球の巻』端から端まで真剣に読みながら移動している子とかを見たら、もう、ね……涙が出ちゃうわ。


そんなわけでほっこりしつつ、いやになるほど充実した物販で緩みそうな財布の紐にひやひやしつつ、会場を後にしたのでした。
(くじ運ないのであえて買わなかったけれど、トレーディングカードがやっぱり気になったなあ……初期作品のカード集がすごく素敵だった。小市民な己をちょっと後悔)


 +


さて、やや足早気味に手塚×石ノ森展を後にして、次に向かった先がこちら。

「漫画少年」とトキワ荘の時代〜マンガが漫画だった頃@森下文化センター
http://www.kcf.or.jp/morishita/event_detail_010200400104.html
http://natalie.mu/comic/news/96308

東京都現代美術館から橋をわたって徒歩10分程度のところで、こんなどんぴしゃりの展示をやっているとか、もう行くしかないだろ…!と。

そして、これは本当にがんばって行ってよかった。
日傘を差しつつ、ひいひいと高温注意報下の都内を歩いたかいがありました。


今回の展示は、トキワ荘メンバーのお一人、永田竹丸先生のコレクションを中心にしたもので、『漫画少年』全101号が一堂に会するのは初めてだったそうです。
そんなすごい展示が入場無料とか、何というオットコ前!太っ腹!

ちょっと余談なんですが、展示の初めのあいさつ文に記された協力者のお名前の中に、みなもと太郎先生のお名前を発見。
ここ最近、昔のマンガ家さんの復刻・再評価のための活動などで、みなもと先生の名前を見ることがときどきありますけれど、そういう活動の一方で、この人は現役でマンガを描かれて、単行本続刊中で、コミケにも出て、しれっとまどマギパロを自作で描いたりしてるんだよなあ……と、自分の中では、戦後マンガの過去と現在をリアルタイムで地続きに結びつけている方のお一人でもあるので、そのお名前を同じく自分の中では伝説だった『漫画少年』を見られる場で拝見して、ちょっと嬉しい気分になったのでした。


で、その『漫画少年』101冊全揃いなんですが。
いやはや、これはもう壮観だった圧巻だったすごかった……!
あああ、この本にあの方やあの方やあの方が連載し投稿し夢を馳せていたのか……!と、ガラスケースにべったり張り付きながら、何度も何度も往復してしまいました。


今まで、関連本などで知識としては知ってましたけれど、実物を見てやっと実感できることが数多く。

並べられた各号の表紙の雰囲気や、噂の“まる子さん”通信などで、家族経営で必死に、そして大事に大事につくられた雑誌だったのが伝わってきてじーんとしたり。

ある号の巻末の編集後記で書かれた、世に吹き荒れるマンガ俗悪論への苦言と反論に、今と変わらぬ悔しさ、理不尽さ、そしてマンガへの思いを感じたり。

東京都現代美術館の展示で、『漫画少年』創刊号に載った加藤編集長の熱い創刊の言葉を読んできた後なだけに、涙が出そうになるところもしばしば。

中期ごろまでは、今の感覚からすると、これは雑誌というより小冊子では?というぐらいの薄さで、実際に見ると本当にびっくりしますね。
これを見ると、『ジャングル大帝』の毎回8ページから16ページという連載ページ数が、いかに破格の扱いだったのかということが、やっと現実的な重さを持って理解することができました。
漫画少年版『ジャングル大帝』は、自分の手塚ファン遍歴の中でも本当に夢中になった作品だったので、こんなにすごい作品を大型連載する英断をしてくださって加藤編集長ありがとう!と時空を超えて言いたい。


『漫画少年』表紙のほかにも、永田竹丸先生の原画など含め、当時の常連投稿者さんたち、後の常連マンガ家さんたちとの企画ページなどもちらほら見られたんですが、本当に、才能を持った人たちがマンガへの夢を持ちながら、わいわいと切磋琢磨していたんだなあーというのが伝わってきて、これも東京都現代美術館で『墨汁一滴』や再現トキワ荘を見てきた後だけに、相乗効果でじーんと来ました。


派手さもなく静かだけれど、一つの時代の礎を築いた先人たちの熱さがふつふつと伝わってくるような良展示だったと思います。

会期が9月1日までなので、気になる方はぜひぜひ行ってください。行ってほしい。
そして、ついでに『「漫画少年」物語―編集者・加藤謙一伝』も入手できる人はぜひどうぞ。(マンガ史的な意味でも面白い本ですけれど、一人の男性の清冽な生き方という意味で、いろいろ細かいことに疲れて気分がささくれたときにこれを読むのをマジでおすすめしたい本)

 +

ところで、森下文化センターには今回初めて行ったんですが、もっと早く行っておけばよかったー!とすごく後悔。

のらくろゆかりの地の施設ということで、のらくろ関係に常設で力を入れているようなんですが、のらくろに寄せられた数々のマンガ家さんたちの色紙の中には、手塚先生(このアトムとのらくろの絵、何かに収録されてた気がする)から、藤子先生などおなじみの方々はもちろんのこと、辰巳ヨシヒロ先生に巴里夫先生、さらには学習マンガ好きにはたまらない、よこたとくお先生、田中正雄先生、内山安二先生の色紙まであり、うひょー!何という俺得!となりました。

そして、図書スペースもあったんですが、公共施設のくせにマンガ関係が驚くほど充実していたんですよ……ここは漫画喫茶かというぐらい……。トキワ荘ゆかりの方々のマンガだけでなく、最近のマンガもかなり豊富にあった印象。マンガのほかに関連書籍も結構なスペースとって取り揃えていたなー。割とマニアックな本もあったかも。
時間がなくざっとしか見られなかったのですが、今度じっくり時間をとって来たいと本気で思いました。また次に何か面白い展示やらないかなー。
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